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欅坂46の「黒い羊」MVと歌詞の意味考察してみた!ここがスゴイ!ポイント解説

欅坂46の黒い羊のMVと歌詞の意味考察記事のアイキャッチ画像

欅坂46の「黒い羊」

また出てしまった。
今回も、神曲。

早く感想を書きたい。
さっそく、
欅坂46のMVと歌詞の意味を考察
していこうと思います。

▼以下の順番で書いていきます。

  • 黒い羊を聴いた感想!ここがスゴイ!
  • 黒い羊動画
  • 黒い羊の歌詞
  • 黒い羊歌詞の意味考察
  • 黒い羊のMV考察

・歌詞が知りたい!
・歌詞の意味が知りたい!

って人は、最初の感想だけ飛ばしてください。
最後の方に黒い羊MVの考察なども書いています。

ビビ

目次を開いて押せば好きな項目に
ひとっ飛びできるよ。MVの解説は
かなり下にあるので、目次使わない場合は
高速スクロールで飛ばし読みしてね

欅坂46の黒い羊はここがスゴイ!

あー、ほんとにすごい。
また神曲。欅坂46の曲は、

聴いているとじんわりと
込み上げてくるものがある。
心に深く入り込んでくる。
曲と自分を重ねると
冗談抜きに涙が出てしまう。

きっとこんなファンは多いと思う。
僕もそうだ。

けど、これには
しっかりとした理由がある。
欅坂46の曲は基本的に

「私」という一人称を使わずに
「僕」という一人称を使う。

私という一人称を使う男性は少数だろう。
女性も僕という一人称を使う人は少ないが
漫画やアニメなどを見慣れている、
主に10代をターゲットにしているので、

女性であっても「僕」がすんなり
受け入れられる人が圧倒的に多い。
(漫画やアニメでは意外に僕と使うキャラクターは多い)

この一人称によって
男性でも女性でも
自分に関係するものとして、
物語を受け入れる事ができる。

もしも平手友梨奈が
思い切り立ち上がって
「ワシは嫌じゃ!!」
とか言ってたら色んな意味で
精神的ショックが大きいし
頭の中のあらゆる引き出しを開けても
クェッションマークしか出てこなくて辛い。
物語に集中できない。

その一人称の工夫に加えて、

欅坂46の曲には、
10代が普段よく目にしている光景
が多々出てくる。

歌詞については、
後から細かく載せていくが、
一部だけ。

例えばこの部分。

夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

都会の雑踏にしなかったのは、
田舎で生活しているみんなにも
深く刺さるように、あえて
商店街をチョイスしている。

「君の名は」では、
普段目にする街中を
限りなくリアルに描くことで、

私たちの生活のどこかで起きていそう

そんな物語だなと思わせる効果があった。
これは、自分に関係していると思わせる技。

エヴァも普段の生活で
目にする電信柱や
街なかの何気ない
光景が限りなくリアルに
普段の光景に近い形で描かれている。

そういう細かい技が
もうあちこちに隠れてる。

放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

これもよくある光景。
とくに悩み苦しんでいる
10代にとって当てはまる部分が多いだろう。

言いたいこと言い合って
解決しようなんて
楽天的すぎるよ
誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

これはもう凄い。神業としか言えない。
この体験は誰もがしているだろう。
10代のみならず、どの世代でも
頭の中にため息をついている人の
映像が浮かぶ。

学生は教室を、
会社員は会議室を、

それぞれの胸に刺さるこんな
すごい内容をたった5行の
少ない行数で、脳内映像の
おまけまで付けて届ける。

なんだよ、なんだよ。
秋元康。天才すぎるよ。

薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない
過去だけが残ってる

学生時代に気持ちが落ち込んだ時、
部屋が暗いまま、鞄をぽんと放り投げて
電気も点けずにため息ついた経験。

みんなにもあると思う。
この4行も、学生なら学生。
大人なら大人なりの
それぞれのイメージがありありと浮かぶ。

「スマホには愛のない過去」

とした事で、

家族を思い浮かべる人、
友人を思い浮かべる人。

様々居るだろう。

これこそが、
自分ごとにさせるという事。
街中で急に
病気の発作で倒れて、
「助けを呼ばないといけない」
としよう。そんな時、
「だれか!助けてください!」
と言っても誰も
助けてくれないそうだ。

そんな時は、

「そこのあなた!!
助けてください!!」

そう指をさしてあなた!と
言う方が、心理学的にも効果がある。
自分ごとにさせる必要があるのだ。

秋元康の書く歌詞、とくに欅坂46は
悩んだり、葛藤の中にある10代を
ターゲットにしているだけあって、
この自分だけに刺さる。

という言葉の刃物がとても鋭い。
聴いたら途端に抱えていた思いが
雪崩のように心の中から溢れてくる。

周りに合わせないといけない。
列からはみ出たら除け者にされる。
指をさされてバカにされる。
そんな日本独特の空気が息苦しくて
耐えられない。

そんな人に必ず刺さるようになっている。
お見事としか言えない。

欅坂46の新曲「黒い羊」

先ほどの解説も含めて聴いてみて欲しい。
作詞をやっていた経験があるので、
思わず細かく見ちゃうけど、
物作りしてなかった人でも
ピンと来るのではないか。

あと、動画。

正直、ほんとうは
公式の動画を載せたい。
けど、まず曲を
聴いてもらわない限りは、
この記事を読み進められないと思う。

公式の動画がアップされる少しの間、
こちらの動画を載せておく。
公式動画がアップされたら、
すぐにそちらに切り替えます。

ビビ

長々とごめんねw

欅坂46「黒い羊」の歌詞

勇士が動画コメント欄にあげてくれた
黒い羊の歌詞を改めて間違いが無いか

▼何度も聴きなおして載せてます。

黒い羊

信号は青なのか
それとも緑なのか
どっちなんだ
あやふやなものは
はっきりさせたい

夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

言いたいこと言い合って
解決しようなんて楽天的すぎるよ

誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう
全員が納得する
そんな答えなんかあるものか
反対が僕だけなら
いっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が
居心地悪くなる
目配せしている仲間には
僕は厄介者でしかない

真っ白な群れに悪目立ちしてる
自分だけが真っ黒な羊
と言ったって
同じ色に染まりたくないんだよ

薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない過去だけが
残ってる

人間関係の答え合わせなんか
僕にはできないし
そこに居なければ良かったと後悔する

人生の大半は思うようにはいかない
納得出来ないことばかりだし
諦めろと諭されてたけど
それならやっぱ納得なんかしないまま
その度に何度も唾を吐いて
噛み付いちゃいけませんか

No…No…No…No…
全部僕のせいだ

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう
全員が納得するそんな
答えなんかあるものか
反対が僕だけなら
いっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が
居心地悪くなる
目配せしている仲間には
僕は厄介者でしかない
わかってるよ

白い羊
なんて僕は絶対なりたくないんだ
そうなった瞬間に
僕は僕じゃなくなってしまうよ
周りと違うその事で
誰かに迷惑かけたか
髪の毛は染めろ
という大人は何が気に入らない
反逆の象徴に
なるとでも思っているのか
自分の色とは違う
それだけで厄介者か
oh
自らの真実を捨て
白い羊のフリをするものよ
黒い羊を見つけ指をさして笑うのか
それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

欅坂46「黒い羊」というタイトルの意味とは?

考察に入る前に、
この「黒い羊」にの言葉の意味を
説明しておきましょう。

黒い羊というモチーフには、
元々いくつかの意味が
含まれていますが、
基本的には心理学で
言われる効果のみです。

差別的な意味合いなども
含んでいますが、シンプルに
以下の意味合いだけ考えればOKです。

黒い羊の意味:集団心理学的な意味

仲間でありながらもその集団に
馴染めない者を決して仲間とは認めず、
厄介者として迫害したり、
排除してしまう様なことを
集団心理学で
「黒い羊効果」と呼びます。
白い羊の群れに一匹だけ混ざった
黒い羊が仲間と認められずに
排除されてしまう聖書の内容にちなんで
1988年に命名された現象です。

シンプルに言えば、
厄介者とか、変わり者とか
そんな意味合いです。

欅坂46「黒い羊」の歌詞の意味考察

色んな考察が飛び交いそうな
内容ですね笑。
けど、少し冷静に見てみましょう。

▼以下の歌詞からも分かる通り

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう

この歌詞では

誰かに迫害される

という意味合いより、
自分で思いついたように
「そうだ!僕だけが居なくなればいいんだ」
とハッキリ言っています。
自主的な動きですね。

黒い羊だぞー!!追い出せ!!
という意味合いではなく、
私は黒い羊。厄介者だ。

という意味合いです。
その後にこんな風に続きます

私は黒い羊。厄介者だ。
なぜなら、みんなが
言いたい事を押し殺して、
本音を抑えながら、
目配せをしてその場を
やり過ごしているのに、
私はどうしても真実(本音)と
向き合ってしまう。
だから、私はみんなの厄介者なんだ。

この事からも、

・平手友梨奈(てち)を迫害する意味合いがある
・平手友梨奈(てち)がケガしている事からてちの事だ!

みたいなコメント内容とは
全然違う訳です。

むしろ、逆に

「怪我した自分がチームの
足を引っ張ってる」

と思うぐらい
おそらく責任感の強い
平手友梨奈さんに
関する曲であれば、
厄介者と自分を責めている人に
共感する内容の歌詞と
「思うまま生きろ」という
メッセージ。の内容を考慮すると

応援歌の意味合いの
方が強いでしょう。

なので、黒い羊は
ただのモチーフであって、
迫害対象が平手友梨奈さん
という訳ではありません。


それでは、歌詞全体の
解説に入っていきます。

歌詞の最初の部分から

黒い羊

信号は青なのか
それとも緑なのか
どっちなんだ
あやふやなものは
はっきりさせたい

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

こちらは、もうなんとなく
感じ取ってると思いますが、

黒い羊=厄介者=自分の本音を大事にすること

という意味合いです。

なので、この信号は青なのか、
緑なのか?どっちなのか。
ハッキリさせたい。

というのは、
自分の本音を大事にしたい。
本音でハッキリと表明していきたい。
けど、その状態をハッキリさせようか
させまいか、渡ろうか渡らないか、
迷っている最中。

そんな気持ちと情景を
重ねていますよ。

という事です。


夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

場面は切り替わり、
徐々に本音を表明した結果、
クラスメイトと気まずい状況になり、
遭遇しないように、気持ち的に
商店街の雑踏ではなく、
遠回りをして帰ろうとする心境です。


放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

言いたいこと言い合って
解決しようなんて楽天的すぎるよ

誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

本音を表明した後の
シーンそのままですね。
ここで言う

「言いたいこと言い合って
解決しようなんて」

というセリフはあくまでも
言いたいこと=本音
という意味合いでは無く、

上辺だけの本質を見ないコトバ
という意味合いが強いです。


黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
〜〜〜〜〜(中略)
いっそ無視すればいいんだ
〜〜〜〜〜(中略)
僕は厄介者でしかない

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

全て一個一個解説していたら、
いくらあっても足りないので
特に解説が必要じゃなさそうな
シーンは省いて説明します!
こちら、「いっそ無視すればいいんだ」
というセリフがありますが、
こちらも特に深い意味合いはありません。
いっそ無視して黒い羊になればいいんだ。
という少し投げやりな気持ちです。


薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない過去だけが
残ってる

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊として
本音を表明したことで、
周りとぶつかり、心が摩耗して
部屋の明かりも点けずに、
スマホを見ている様子ですね。

この話の流れからすると、
愛のない過去というのは、
白い羊である友人たちからの
上辺だけのメッセージ全般を
指していると見ていいと思います。

あえて、限定的にしていないので、
もちろん家族友人などを当てはめても
違和感はない部分です。


人間関係の答え合わせなんか
僕にはできないし
そこに居なければ良かったと後悔する

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊にしかなれないし、
白い羊達の場所で
黒い羊になろうとすり減る様子。


人生の大半は思うようにはいかない〜〜〜
噛み付いちゃいけませんか

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊のままで居たいという
葛藤や思い。


周りと違うその事で
誰かに迷惑かけたか
髪の毛は染めろ
という大人は何が気に入らない

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

ここですが、この髪を染める
という出来事に関して、
こんなエピソードがあったそうです。

最初に欅坂46のターゲットは、
「10代の悩み苦しみ
葛藤している若者」と言ったけど、

秋元康は、もしかすると
欅坂46のメンバーのみんなに向けた
応援歌を作っているのかもしれませんね。

歌詞の最後のフレーズでめちゃめちゃ
重要な部分があるのですが、
これは後から説明します。

白い羊と歌うシーンでは意味合いが異なる

白い羊と黒い羊の歌詞の意味の違い解説図
少し見づらかったら申し訳ない。
文字の方がいい人は、以下で簡単に解説。

黒い羊(左)の場合は、
自分と自分の身の回りの出来事に関して

白い羊(右)の場合は、
主に周りの大人たちに対して

という違いがあります。

たったの一文字で共感を集める黒い羊歌詞のヒミツ

これ、スゴイですよ笑
わざわざこうして
別枠で解説する必要があります

自らの真実を捨て
白い羊のフリをするものよ
黒い羊を見つけ指をさして笑うのか
それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

これが欅坂46黒い羊の
最後のパートです。

意味合い的には、全体含めて
「自分らしく生きろ」
という秋元康の
とても熱い応援歌的な
メッセージです。

最初の部分でも「ここがスゴイ!」
というポイントを話しました。
そこには、

秋元康による聴いた人全員に
否応なしに自分に関係するものと
思わせる技法が満載でしたが、

この最後のパートには驚きましたw
秋元康ほんとに天才過ぎて……。

このパート何がどこが
スゴイか分かりますか?

ビビ

ヤバ過ぎるw

これまで、共感要素をかなり
丁寧に散りばめてましたよね。

そこで、このフレーズ。

それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

なんですか!!!この僕らの
僕「ら」って!!!笑

これまで、この歌詞の中の
主人公が黒い羊になるか
ならないか葛藤しながら、
自分の本音を出して一歩踏み出す
そんなストーリーだったはずです。

ここに来て、急に。
マジで何の違和感もなしに、
たった一文字を入れるだけで、

曲を聴いた人は、

「自分のことだよな」
っとなっちゃう。

本来、この一行は不自然です。
なんですか。僕らっていつからどこに
僕らの要素ありました?
この歌詞の中に。

このたった一文字のために、
あらゆる共感要素を歌詞に散りばめて
伏線はってるんですね。

だからこそ、
この一文字を入れても、
違和感なく自然に入ってくる。

もはや、

感動のサブリミナル
効果ですよ!!

正直、ヤバすぎませんか?
秋元康。ちょっと天才過ぎて
めまいがしそうです。


ナゾの男

コメント欄に何回聴いても「僕ら」って言ってないよ
ってコメント付いてたけど、そこら辺どうなん?

ビビ

ワイも何回か聴いたけど、
どう聴いても「僕ら」に聴こえるんだよな。もしかして、
人によって見え方が違う写真みたいな感じか?

ナゾの男

まぁ、まだ公式で歌詞も発表されてないし、
耳で聴いて書いたやつだから、
どちらが正しいかは言えないな……

ビビ

どうしても僕らに聴こえる!あくまでも、
一つの説として捉えてくれ。
正直、公式が発表するまで分からんw

ナゾの男

これで違ってたらウケるなw

ビビ

全力で自分なりに考察したら、
そりゃ違う事もあるだろうよ!!
けど、人の記事をコピペして
自分の視点も交えず、
つまらん記事を書くより全然マシだろ!!!
俺は白い羊にはなりたくねぇんだよ!!
勘弁してくれ!!!

ビビ

必死すぎワロタw

という事で、
あくまでも色々ある説の
1つとして捉えててくださいましm(_ _)m

欅坂46「黒い羊」のストーリー時間軸

ごめん、興奮してもうたw
これで最後だから、
最後だから付き合って。

ナゾの男

飲み屋で語る
オタクのおっさんみたいなノリだなぁ

ビビ

オタクのお兄さんと呼べ!w

最後に触れておきたいです。
これは、まだハッキリとこうだ!!
とは断言できない箇所ではありますが。

結論から言うと、
この黒い羊のストーリーは、
他のアップテンポな曲の
続きでは無いか?

という説です。
そこを解説していきます。

基本的に欅坂46の挑戦的な曲。
アップテンポな曲の
メッセージテーマは
「自分らしく生きろ!!」
がテーマです。

サイレントマジョリティーでは、

「君は君らしく生きていく自由があるんだ」
不協和音では、
「意志を貫け!」
ガラスを割れでは、
「やる前からあきらめるなよ
おまえはもっとおまえらしく 生きろ!」
アンビバレントでは、
「他人に何を思われても
何を言われても聞く耳を持たない」

っとまぁ、大分ハッキリと
メッセージが入ってますね。
これは疑う余地がないと思います。

それで、各曲ごとにちょっと
応援メッセージの状況が違うんです。

サイレントマジョリティー

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「初めから そうあきらめてしまたら 僕らは
何のために生まれたのか?」

「行動しなければNOと伝わらない」

「君は君らしく生きて行く自由があるんだ」

「大人達に支配されるな」

「Yesでいいのか?」

→主に、行動を促すための助言や応援の意味合いが強い

不協和音

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「僕はYesと言わない」

「最後の最後まで抵抗し続ける」

「嫌われたって僕は僕の正義がある」

ここで主張を曲げたら 生きてる価値ない
欺きたいなら 僕を抹殺してから行け!」

→主に、実際に行動した状態の描写になっている。
→サイレントマジョリティでの「Yesでいいのか?」
に対するアンサーになっている。その他、
赤のアンダーライン部分がアンサーに当たる

ガラスを割れ

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「目の前のガラスを割れ!
やりたい事やってみせろよ」
→まだ行動にうつしていない

「邪魔するもの ぶち壊せ!
夢見るなら愚かになれ
傷つかなくちゃ 本物じゃないよ」

「偉い奴らに怯むなよ!
闘うなら孤独になれ
群れてるだけじゃ始まらないよ」

→主に、行動する前の
葛藤部分に焦点を当ててる

アンビバレント

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「好きだと言うなら否定しない
嫌いと言われたって構わない
誰かの感情 気にしてもしょうがない」

「孤独なまま生きていきたい〜〜中略〜
だけど一人じゃ生きられない」

→主に、葛藤部分に焦点を当ててる

黒い羊

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「はっきりさせたい」

「話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる」

「真っ白な群れに悪目立ちしてる
自分だけが真っ黒な羊」

「何度も唾を吐いて 噛み付いちゃいけませんか」

「それでも僕はいつだって ここで悪目立ちしてよう」

→ここで悪目立ちしてよう!というセリフの通り、
既にガンガンに行動している状態です。


サイレントマジョリティと
不協和音は明らかに繋がりを意識した
構成でしょう。

1曲1曲に込められている曲の
ストーリーの主人公の行動を
曲ごとにこうやって書いていくと
迷い、葛藤して、行動するという感じで
割とストーリーに大きなズレがなく
進むのが不思議なんですよね。

新しく出る曲ごとに、
こういった視点で見ても面白いかもしれません。
という提案でした!

サイマジョ→不協和音のつながりを意識して
曲を作っていれば、そりゃあ
次作る曲も、ストーリーつなげようかなー?
って思いますよね。作り手であれば。

MVでも繋がる部分があるので、
この辺は、正式にMVが公開されてから!ですね!

欅坂46の黒い羊MVの考察

このMVは観た人を間違った解釈に導くような、
ミスリードな演出が多いです。
そこを踏まえてしっかりと解説していきます。
※人が亡くなる系のキーワードは伏せ字か、別の言い方に変えてます。

まず、

チラッと見た感じでは、

  • てち(平手友梨奈)がジサツした説
  • てち(平手友梨奈)が死の象徴になった死神説
  • 誕生日祝っている奥のカップルが本当の両親説
  • 屋上に居る両親と分かち合う説

とかとか、ありましたが、
全然違います。

という事で、まずは彼岸花の意味から
1つずつ解説していきます。

欅坂46の黒い羊MV「彼岸花」の意味とは?

まず彼岸花の意味ですが、
彼岸花の花言葉は、

  • 情熱
  • 独立
  • 再会
  • あきらめ
  • 転生
  • 悲しい思い出

などの意味合いになります。

なので、当然冒頭の
ジ◎ツ現場のシーンは、
血の代わりに彼岸花の
花びらが散っている訳なので、

「情熱」を失ってしまった。

という状態を人の死で
表現しているMV
という事になります。

欅坂46の黒い羊MV冒頭事件現場シーンの意味とは?

欅坂46の黒い羊MVの「冒頭現場のシーン」画像
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

という事はつまり、
「情熱の死」
という訳なので、

当然、白い羊に負けてしまい、
希望を失った状態。
自我が消えた(本音で生きられない)状態。
という事になります。

そして、冒頭シーンで
白い羊がピアノ弾いてる
シーンがありますが、これ、
見逃しがちだけど不自然ですよね。
こんな事件現場でピアノ弾く
なんて気が狂ってます。

このシーンの意味としては、

白い羊に負けてしまい
希望を失い、
自我(本音で生きる自分らしさ)が
消滅してる現場という意味です。
「白い羊にはなりたくない」
と強く願ってこの世を去ったにも
かかわらず、その鎮魂歌を
白い羊自身がピアノで弾いて
魂を鎮めようとしている
何とも救いようのないシーンです。

そのやるせない地獄のような世界
(白い羊の世界=本音で生きない世界)を
横目にしながら、てちは
黒い羊達の心の中へ入っていきます。

てちが亡くなっていない理由

もし、冒頭シーンで亡くなった人が、
てち(平手友梨奈)自身であれば、
てちが持つ彼岸花が
枯れていないところに
矛盾が生じてしまいます。

てちの情熱はまだ枯れていないので、
亡くなった人はてちではなく、

「黒い羊で在ろうとして、白い羊に
負けてしまい、本音で生きなくなった人々」

を指しています。
つまり、冒頭のジ◎ツ現場で
亡くなった人は、1人ではなく、

本音で生きられない人々全般

を指しています。
てち(平手友梨奈)は、
本音でどうにか生きようとする人の
象徴になっています。

欅坂46の黒い羊MV「建物の中」1階フロアのシーン

欅坂46の黒い羊MVの「建物の中」の意味
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

先ほど書いたように、
てち(平手友梨奈)は、
「本音で生きようとする人々」
の象徴です。集合体の様なものですね。
概念と言ってもいいです。

とすれば、建物の中で色んな人が
いじめられたり、攻撃されたり
している対象は、言うまでもなく
「黒い羊」です。
上の画像にも、ハッキリと
「Black Sheep」って書いてます。

この建物の1階フロアは、
細かく1人1人考察しても、
あまり意味がないのです。
なぜなら、黒い羊全般に対しての
表現だからです。

この1階フロアの意味合いは、

「黒い羊になろうとして、
もがき苦しむ人達、
それによって、
心に深い傷を負ってしまう
現代日本の象徴」

と言ったところです。
その証拠に、この1階フロアの
「1分33秒のシーン」に
こんな電飾看板があります。

欅坂46の黒い羊MV考察「1階フロアの意味」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

わざわざこんなところに、
適当な看板置く訳ないです。
NIKEとかアディダスとか
ARIADNE?なんか分からんけど、
英語がオシャレだから置きました!
みたいな理由ありえないですよねw

「ARIADNE(アリアドネ)」

と書いてあります。
これは、ギリシャ神話に登場する女神です。
ARIADNE(アリアドネ)という名前には、
「尊くて汚れのない清らかな娘」
という意味合いが込められています。

このARIADNE(アリアドネ)の物語を
簡単に書くと、

アテネの英雄が
ミノタウロス退治に来た時に、
迷宮に迷い込んでしまった。
そこで、彼に恋をしたアリアドネは、
道案内の糸を与えて
迷宮を通り抜けさせてあげた。
この話が元となり、
難問解決の手引きの方法を
表現する言葉として、
「アリアドネの糸」と言う
言葉が生まれました。

この内容からも分かる通り、
最初で書いたように、

てち(平手友梨奈)は、
黒い羊になろうと葛藤したり、
苦しんで藻掻いている人を
どうにか助けたいと思っている。

事が分かります。
なので、抱きついている訳です。

そして、この1階フロアは、
迷宮そのものを表現しているフロアだな。
というのが分かります。

なので、

このフロアのテーマは、
先程書いたように、迷宮だったり、
混乱だったりです。

「黒い羊になろうとして、
もがき苦しむ人達、
それによって、
心に深い傷を負ってしまう
現代日本の象徴」

という訳です。
なんの矛盾もなく、しっくり
当てはまります。

MVの撮影は一発撮りで勝負しているので、
各フロアごとにテーマを設けて
表現せざるを得なかったのです。

そして、MVの映像は
2階のフロアへ進みます。

欅坂46の黒い羊MV考察「階段シーン」の意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「階段のシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

このシーンはとても
分かりやすいシーンだと思います。
上の画像でも分かる通り、
彼岸花が上から散ってきています。
先程、説明したように、このMVでは
花びらに「情熱」や「希望」という
意味合いを込めています。
それが、上から散ってきている。

先程の1階部分のシーンは、
葛藤して傷付いたり、迷宮的な
意味合いがありました。
このシーンは、

黒い羊になろうとして、
迷い苦しみもがいたけど、
それでもなれなかった。
諦めと絶望のシーン

です。

彼岸花が上から散ってきている
証拠以外に、

階段のシーンに入った瞬間。

①サラリーマンが階段から転がり落ちてくる
②左にはただ上の言うことを聞く白い羊に成り下がった人達
③真ん中には、1枚の紙で全てを判断された絶望感じる女性
④階段の手すりには、鎖のモチーフ。
→心の中の表現なので、鎖で混乱具合をあらわしています。

その他には以下の要素が散りばめられています。

欅坂46の黒い羊MV考察「階段のシーン」その2
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

【左から】
虐待やネグレクトなど
により感情を失った二人組女性の
心境をその後ろの人形で表現。

【真ん中】
首の座っていない赤ん坊。
亡くなっているのかは不明だが、
白い羊になった末路、
絶望的な意味合いのシーンなので、
心に余裕がなくなり、
乱暴な子育てをしている風景で
相違はないと思う。

【右】
飛べなくなった青い鳥。
童話の青い鳥には、「希望」という
意味合いが込められています。


以上の解説から分かる通り、
このシーンからサビに行くまでの間は、

基本的に

「自分の本音を押し殺す白い羊になった
末路、絶望を表現したシーン」

になっています。
階段上ってもそれは同じです。

ちなみに、階段上ってすぐのところに、
白い羊が窓ガラスの中で
騒いでいる人を見ている
シーンがありますが、

黒い羊になって喜びに
溢れている人達を、
黒い羊になれなかった
白い羊がジッと
眺めている姿を表現した
シーンです。

ビビ

小ネタっぽいとこなのもあり、
画像は大変なので、載せませんw
じっくり見てみてね

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日のシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日シーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

そして、このシーンで
色んな考察がありそうですが、
めちゃシンプルです。

このMVは一発撮りという性質もあり、
各フロアごとに意味が分かれているのが
特徴です。

このフロアは、先程の階段に引き続き、
絶望の象徴になっています。

誕生日シーンとその奥の人達、
いかにも関連がありそうな感じで
並んでいるのが混乱の原因ですが、
特に関連はありません。もし、
関連があるのであれば、
当然以下の画像に写っている人も
関係ないとおかしいですよね。

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日シーン」その2
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

けど、この人達が映る瞬間は、
1秒にも満たないです。
それにとても見えづらい。
伏線としてはあまりにも乱暴過ぎます。
あえて、ミスリード狙っていると
思ってもいいでしょう。

このフロアは、
絶望を表現しているシーンなので、
誕生日シーンで喜んでいる様に見えて、
実は絶望を感じている人が居る。

という事です。

その後ろで、女性が左手で
腕を抑えながら歩くシーンもありますが、
それも、その人の絶望。

カップルもカップルなりの
絶望を感じている。

という「自分の本音で生きない」
を選択した白い羊は、
階段から転げ落ちるし、
苦しい心境に陥り、
幸せそうに見えても、
常に絶望と隣合わせの状態にある。

という意味合いです。
また、階段部分で登場した
スーツ姿の男性が、

欅坂46の黒い羊MV考察「エキストラ俳優の使い回し」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

この誕生日シーンとカップルが
登場する場面のすぐ後に
登場する事から、

エキストラを使いまわして
どうにか表現しようとしている
のが伝わります。

カップル写真の子供と、
誕生日でお祝いしてもらってる
子供がとても似ていますが、
エキストラの使い回し、
ミスリードと考えてもいいでしょう。

このMVは、そもそも
個別の人々に焦点を
当てていないので、

それぞれの絶望と解釈するのが
正しいと思います。

子供とカップルは関係ないです。

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが希望を失うシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが希望を失うシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

そして、絶望フロアを通り抜けた
てち(平手友梨奈)は、この時、
絶望を失った状態になっているので、
彼岸花を持っていません。

情熱を完全に失ったてちは、
苦しみを味わいます。白い羊の群れに
飛び込み、葛藤します。

白い羊達は、彼岸花が散った、
「希望が全て散った」光の彼方へ
走っていきます。

本音で生きない、白い羊たちの選択を見て、
てちはさらに絶望を感じます。

これまでの流れを簡単に
▼まとめるとこんな感じです。

ーー

★1階
→黒い羊になろうとして
迷う人々の心の状態を表現
→それを、アリアドネみたいに
救おうとしてるてち。

★2階(階段からサビまで)
→白い羊になってしまい、絶望する人々
→現実のあまりの酷さに
てち自身も希望を失いかける

★3階階段の手前まで
→てちが完全に希望を失っている状態。
→両手の手の平を上にして絶望を演じている。
→階段に足を置く寸前までは、絶望状態。

ーー

という事で、物語は終盤へ。
子供が居る階段シーンへ続きます。

欅坂46の黒い羊MV考察「子供と再会するシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「子供と再会するシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

こちら子供と再会するシーンですが、
このMVは心の中を
表現しているMVです。

先程の階段には、
鎖が巻き付いていましたが、
こちらの階段には、白い布が
手すりに巻き付いています。

子供も合わせて
どういう意味合いかというと、
子供って、常に全力で、
本音で生きてるんですよ。
元々その存在自体が
黒い羊な訳です。

てち(平手友梨奈)の心は、
まだ白い羊に染まっていなく、
どうにかみんなを救おうとしていましたね。
けど、白い羊の苦しさ、
絶望を見て希望を失いかけましたが、

再び、自分と向き合う事で、
心の奥底に居る「本音」の自分と
出会えた訳です。諦めかけていたけど、
小さい頃の自分が持つ
想いに触れた事で、
情熱に火が灯ります。

てちはまだまだ諦めません。
情熱のモチーフである彼岸花が
ここでも活きてきます。

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが叫んだ言葉」意味解説

こちらは、色んな説がありますが、
唇の形的にも、ばびぶべぼのいずれかを
最初に言っている様に見えます。
「僕だけでいい!」
言っているように見えます。
これに関しては、正解は出ないですが、
歌詞に悪目立ちしていよう。という
内容からみても、

違和感はないと思います。

他に案があれば、
コメント欄に書き込んでください。
(反映遅いですが)

検証してみます。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

屋上シーンの解説です。
この女性が母親で家族と
和解する説ありますが、
全然違います。

まず、家族であればわざわざ
この様な仕事着スタイルなのも
変ですよね。

誕生日シーンでの女性と
同一人物という話も
見かけましたが違います。
確かに似ているので、
間違えるのも無理ないですが。

この女性はこちらの通路で
出てくる女性と同一人物です。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーンの女性」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

誕生日シーンの寸前(2分16秒)で
出てくる女性ですよね。
通路にて一瞬しか映らないので、
分かりづらいですが……。

また、屋上のスーツ姿の男性が
誕生日している父親と同一人物
というのも見かけましたが、

誕生日シーンの後に、
てち(平手友梨奈)を罵倒している
スーツ姿の男性と同一人物なので、
こちらも違います。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーンの男性」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

髪の流れ方も全く同じです。
メガネだけは外しています。

これを見ても分かる通り、
あの例の誕生日シーンは、
その奥のカップル含めて
関連性がある訳では無く、
あくまでも絶望を抱えた
それぞれの人。

という括りです。

ただ、もう分かった人も居ると思いますが、
誕生日している父親とも似ている点、
母親の髪型と同じにしている点なども
含めて、

このMVは、わざと違った解釈を
させようとしているミスリードな
演出が多々入っていると
言わざるを得ないです。

そういう監督さんなんでしょう。
多少、米津玄師さんのフラミンゴ
からインスピレーションを
受けていると思います。

明らかに意図的な演出が多い。


そして、肝心の
屋上に関する意味合いですが、
再び情熱を取り戻したてちが、
相手と向き合いながら
思いを伝えていきます。

ハグの意味合いです。

白い羊たちは、てちを攻撃するでもなく、
その後は、ただ見守ります。

1人悪目立ちして踊るてち。

どれだけ踊っても、
彼岸花は散る事なく、
情熱は灯ったまま。

欅坂46の黒い羊MVラストシーン考察
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

情熱の象徴である彼岸花を
抱えて終わります。

無限ループ説ありますが、違います。
なぜなら歌詞の意味合い的にも、
MVのストーリー的にも、

「自分らしく生きろ」
「本音を忘れず」

というメッセージがあり、
MVでも、冒頭の事件現場で
亡くなったのは

「黒い羊で在ろうとして、白い羊に
負けてしまい、本音で生きなくなった人々」

つまり情熱を失った事を
事件現場のシーンで表現しているのでした。

てち(平手友梨奈)は、
一度情熱を失い、
彼岸花を手放しましたが、
再び内なる情熱と出会う事で復活します。

そして、アリアドネとなって
人々を最後まで諦めずに救う。
そんなストーリーです。

さて、その流れでいきなり
「よしっ!飛び降りよう!」って
なりますかね……。

否、飛び降りるというのは、
このMVでは
「白い羊」になる。
という事です。

黒い羊になって
最後まで諦めずに踊った後に?
飛び降り?

いやいや、
どう考えても不自然です。
そもそも、最初の飛び降り後の
事件現場を見て、

てち(平手友梨奈)は、
情熱を燃やさず、救おうともがいた
のだから、飛び降り説と無限ループ説は
ここで選択肢から消えます。

欅坂46の黒い羊MV考察メンバーの思いと感想その1
欅坂46の黒い羊MV考察メンバーの思いと感想その2

メンバー菅井さんも
こう話している様に、
この曲とMV自体は、
とてもポジティブなものだと思います。

メンバーの1人がインタビューで
聞かれたので自分なりの感想を述べた。

という見方もできますが、

個人的にはてち(平手友梨奈)が
センターになる最後の曲になるのかな?
てち卒業しちゃうの?
みたいななんか、それぐらいの
全力さを感じました。
本当にそうはならないと思いますが。悲しいやろがい。

ラストシーンの「誰か落ちてきた」と「バイバイ」について

MVの終盤(5分7秒あたり)に
「誰か落ちてきた」と
微かに聴こえる場所があります。

また、

5分17秒で聴こえる
「バイバイ」という台詞。

こちらも、確かにそう
言っているようにも
聴こえますが、

先ほど解説した通り、
MVのストーリーとは
無関係だと思います。

聴こえるタイミング的にも、
不自然ですし、
このMVは、誰か特定の人が
飛び降りしたのでは無く、
情熱を失った人々を
表現するための飛び降りでした。

「誰か特定の人が飛び降りた」
のであれば、

血が花びらになっている
矛盾が生じるし、

てち(平手友梨奈)が飛び降りて
無限ループなら、
冒頭で、てちの花びらが
散っていないのも矛盾が生じます。

では、なぜあえて、
この演出を入れたのか?

監督の遊び心だと思っています。
もう充分過ぎるぐらい、
ミスリード誘った演出を
散りばめてますよね。

このMVは、監督の遊び心か、
はたまた米津玄師のフラミンゴ、
意味深メッセージ隠れまくりで
面白かったからワイ達も
何か仕掛けてやろうぜ!

っとなったのか、
不明ですが、制作側が
あのMV知らないのは
あり得ないですし。
中華の看板が出てきたりするのも
明らかに影響は受けてるはずです。

色んなシーンに隠された
ミスリード的な演出を含めても、

意図的にあえてやった演出

と考えるのが自然だと思います。

あえて、言うのであれば、

「誰か落ちてきた」と聴こえただけで、
本当は別の台詞。

てちの「バイバイ」という台詞は、
白い羊になって本音を隠す状態そのものに、
バイバイと言っている可能性もあります。

今のところ不明ですが、

みんなで盛り上がれるようにわざと
入れた。ストーリーには関係ない。

という説が濃厚だと思います。
今頃、ムフフと笑ってみんなの解説を
見ているでしょうw

という事で、以前の記事にMVの考察部分を
まるまる追記した感じですが、
楽しんで頂けたら幸いです。

MVに出てくる死神と
白い旗を持って誘導している人。

について、気になっている人も居ると
思うので、ちょっとだけ解説します。

MVに出てくる黒いフードを被った死神は、
あえて言うのであれば、

1階フロア部分は、
黒い羊になろうとしてもがき苦しむ人々の
心の葛藤や心の傷、迷い、迷宮を
表現しているシーンなので、

混沌とした状態であるべきシーンなんです。
なので、そりゃあ、死の象徴である死神も
出てくるだろうし、白い旗を持って誘導する
みたいな訳分からんやつも出てきます。

白い旗の人は、その後すぐに、
黒?赤?の旗を持った人が
追いかけて走り去るので、

こちらも混沌とした心の中の表現であって、
1つ1つのモチーフにあまり
大きな意味合いはないです。

という事で、一旦しめます。
次の項目からは、
以前書いた内容に続いてるので、
MVより歌詞の内容に言及しています笑

ビビ

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まとめ

いやぁーー考えたりまとめたり、
正直疲れたけど、ずっとずっと
曲を無限リピートしながら
この記事を書いていました。

しかし、秋元康。

たったの1文字に対して
伏線を張るところとか、

細かく分析、考察していくたびに、
その技術が恐ろしいなと感じます

色々と学べる部分ありそうですね!
とても丁寧な人なんだろうなと思います。

ここまで読んで頂きありがとうございました!
大雑把に書いてしまったので、
また新しい情報とか入り次第、
追記していこうと思います。

ビビ

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おもしろい!と思ったらシェアして頂けると励みになります……。

ビビ

それじゃあまたね!

35 Comments

ビビ

>>針鼠さんコメントありがとうございます!

何度聴き返しても、「僕ら」に聴こえるんだよな……。
あの、白金に見えるか、青に見えるかみたいな
洋服話題になったじゃないですか。あんな感じだと思いますw

公式発表されてる歌詞でなく、
耳で聴いて書いてる歌詞になるので、
正解は公式のみぞ知るな感じですねぇ。

(´・ω・`)気になる木

返信する
よいしょ

僕”は”は、みたいな感じで聞こえますが、そんなわけはないので僕らと言ってると僕も思いました。歌詞につられて一人称が僕になりました、失礼しました。

返信する
ビビ

>>使徒さんコメントありがとうございます!

色んな説がありますね!

僕は、黒い羊は、自分らしく自由に生きた人の象徴で
今の現代日本の空気感と照らし合わせたら
自分らしく生きる事が黒い羊になっちゃうんです。
けど、それでも自分らしく生きろよって
秋元康の熱いメッセージじゃないかなと思いました。

これまで、ものすごい熱量で
世の中にポジティブなメッセージを発信してきた
秋元康さんが、ネガティブな方向に走るのは、
個人的には少ない可能性に思えました。

真実は分からないですが……(´・ω・`)

返信する
YD

凄く良い考察でした!!

正直、自分は「ら」とは聴こえない派の人間ですけど、もし本当に「ら」って言ってるなら凄く良いですよね!
今大学生なんですけど、高校の時にこの曲に出会いたかったとすごく感じました。

自分は最後の
「なら」と「では」で凄く「僕」の心情を描いてるなって思いました!

「なら」では白い羊には絶対ならないしそれを強要する大人達にも屈しないという強い意志を感じました。

でもそれと同時に「でも」で同調するのは簡単で、楽だし、いっそ白い羊になってしまっても…って思っちゃったりで、だからこそ本心は違うけど白い羊のフリをしてしまう人達の気持ちも分かる。けどもやっぱりそれじゃダメなんだ。っていう気持ちを表現してるんじゃないかと感じました。

「黒い羊」は主人公の「僕」が初めて今まで強がって隠してた弱さや、黒い羊のままの状態を怖くなってしまっている人達への優しさを見せた曲なんじゃないかと感じました。

返信する
ビビ

>>YDさんコメントありがとうございます!

「なら」の部分、確かにすごく強い意志を感じますね!
この黒い羊の曲自体、応援歌というか、
すごく優しさを感じますよね。

ほんと秋元康はすごいです……。

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

「僕は」派と、「僕ら」派がいますねw
次の方もコメントしてますが、
「ら」にしか聴こえないんですよねぇ……。

ここら辺は、もしそうでも違うくても、
楽しめる部分ですね(´・ω・`)ww

真相は歌詞発表後\(^o^)/

返信する

これで公式の歌詞に「ら」が入ってなかったらおかしい!!!と思うほどに僕らっていう風に聴こえますね!!素敵

返信する
ビビ

>>ちさんコメントありがとうございます!

ですよね!笑

もし違かったら、そういう視点もあるんだ!
って感じこの記事を読んで頂けたら
楽しめると思います\(^o^)/

返信する
ビビ

>>なつさんコメントありがとうございます!

このコメント頂いた時は、まだMVの考察
追記してない時でしたね!笑
記事に追加してるので、確認頂けたら嬉しいです\(^o^)/

返信する
匿名

MVに関して、色々な考察を読んでみましたが、はじめてとっても納得できました!この記事に出会えてよかったです。ありがとうございました(^-^)

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます。

こちらこそ楽しんで頂けて嬉しいです\(^o^)/
ありがとうございます!

返信する

誕生日のシーンの後に出て来る若い男女って写真とから判断する限り兄妹な気がするんですけど違いますかね?

返信する
ビビ

>>あさんコメントありがとうございます!

カップルの可能性もあるし、
兄妹の可能性もあると思いますが、
誕生日シーンとの兼ね合いや個別の深い設定自体は
ないと思います(´・ω・`)!

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

あれっ!こちらで確認したら、
スマホもPCも飛べました……。
なんでだろ……( ・∇・)

返信する
みけ

解説はとてもわかりやすかったんですが、自分の仮説と合わないところをすべてミスリードってことにしちゃうのはどうなのかと思ってしまいました、、、

返信する
ビビ

>>みけさんコメントありがとうございます!

ガチで色んな角度からしっかり考察すると、
記事に書いたように、誕生日シーンの後ろの女性、
兄妹、もしくはカップルの男女、その後ろの
テーブルに座る男女、←意味があるとしたら、
あまりにも雑ですよねw

他にも、1階フロアの黒い羊の混乱部分、
映像の後ろの方をじっくりと観て欲しいのですが、

ほんの少しだけ映る人が意味ありげに動いていたり、
柱に少女が立っていたり、
まぁーー色んな要素がありますが、

意味ありげに動いてるだけで、
個別の意味は無いです。

フロアごとにテーマがあり、
そのテーマに合わせて個別の要素が
意味ありげに動いているだけなので。

なので、しっかり考察すればするほど、
変に意味を重ねていくより、
元々個別要素の深い意味は無い。
という結論に落ち着くと思います!

ミスリード狙いという点で
正解だと思いますよ〜〜〜!

返信する
欅ニワカ

メンバー自身がいろんな角度から捉えられるMVと言っているので、正解はあなたの仮説だけじゃなくて、多分たくさんあるんですよ。だからミスリードではなく違う観点から見た時のリードなのだと思います。

返信する
よいしょ

ありがとうがとうございました。読んでて鳥肌立ちまくりでした。何が面白いって様々な解釈ができるほど深い曲な事。以前のコメントで志田のこと歌ってるでしょ的な事がかいてありましたが、考え次第では卒業していったメンバーに対して白い羊だらけの社会であっても黒い羊であれっていうメッセージソングという解釈もしてしまいます。この解釈はファンである方でなければ想像し難いですが、ターゲットが絞られてる尖った楽曲や歌詞をしているのかと思いきや、このような歌詞の解釈を見ていると日本全体にメッセージを伝えているようにも取れていて、改めて秋元先生及び欅坂46のえげつない才能を痛感しました。
因みにご存知かも分かりませんが、大サビ前の屋上で平手さんが放ったセリフの部分は本人のアドリブで言ったそうで本人は、何と言ったのか覚えていないとラジオ番組にて笑いながら言っていました。笑笑 そして、2月4日の別なラジオ番組にて共に撮影したメンバーも、全員感情が爆発しすぎて何と言っていたのか聞き取れなかったというような発言をしていましたww
長文失礼いたしました。一ファンとして楽曲についてこんなに考える機会がなかったのでとても楽しめました。
ありがとうございます!

返信する
ビビ

>>よいしょさんコメントありがとうございます!

こうやって考えるのって、
楽しいですよね\(^o^)/笑

秋元康はホントヤバイです。
ほんと、ヤバイ通り越して
えげつないが気持的に近いです。

そして、

くぅうううーーー!!!!
平手さんの台詞についての考察で、
入れようかどうか迷った文章があるんです。

監督の視点に立つのであれば、
なにか特定の言葉を叫ばせるというよりも、
「アドリブで叫ばせる」

と言う方が断然面白くなるので、
アドリブの可能性が高いのでは?
けど、唇の形からこう聴こえるね!

って感じで書こうとしてたんです。
完全に後出し感ありますが、

正解やんけ〜〜〜(T_T)
書いておけばよかった……。

あの撮影は、一発で撮る性質上、
現場の音と歌詞がぴったり合うように、
みんなで動かないといけないので、

普通のMV撮影よりも、
現場の熱量というか、感情の爆発度
すごかったでしょうね……。

アドリブ演出は、あれで良かったと思います!
おもしろい監督さんですよね。

こちらこそ楽しんで頂けて光栄です!
ありがとうございます\(^o^)/

返信する
ビビ

>>きはきはさんコメントありがとうございます!

絶望フロアを通り抜けた後から、
頬が汚れているので、
黒い羊になろうとして、なれなかった。
けれども、藻掻いた結果、自分と見つめ合い、
本音と出会えた。というその

「藻掻く」という部分の
演出の一部だと思います。

頬が最初から最後までキレイなままよりは、
感情の変化が分かるので、
頬を汚すという演出は理解できます。

子供から花を受け取るシーンも、
頬がキレイなままよりは、
頬が汚れている方が「葛藤の末」という
感じもより色濃くでます。

その演出の一部だと思います。

返信する
麻璃央

ミスリードミスリードミスリード。ぼかしぼかしの曖昧な説を説明している上に、他の説は違う!間違ってる!って言い切っちゃうのすごいなあ。彼岸花ひとつとっても諸説たくさんの花言葉があるのに…ひとつの解釈として綴られてあるならこういう解釈もあるんだな、と感心したものですが、自分だってただの予想でしかないのに他の説を否定して回るのは不快でしかなかったです。細部まで見ているところとか、純粋にすごいと思いたかったですねえ。苦笑

返信する
ビビ

>>麻璃央さんコメントありがとうございます。

他の説は違う!間違ってる!!
と言った覚えはないですが、
そう受け取られそうな文言が確かに
あったので、修正しました。

あくまでも個人的な考察であって、
「我の見方こそが!100%の真実だ!!ガハハ」

なんて思ってはいませんよ……(´・ω・`)

ミスリードと言ってるのは、
しっかり考察すれば、やはりどう見ても
ミスリードと考えるのが自然だと思います
※あくまでも個人的な見解ですが

ミスリードを覆すのであれば、
少なくとも、

誕生シーンの後の女性、若い男女、
その次1秒ほど出てくるテーブル席の男女

などの意味も矛盾なく証明しないといけませんが、
ちょっとムリがあるかと……。
(他にも様々な要素がありすぎます)

ミスリード説が不満であれば、
嫌味とかでは無く、背景の細かい部分を
納得できる形で教えて欲しいです。

ワイも適当に書いてる訳ではなく、
ガチで何時間も動画見返して
ウンウン唸りながら書いた考察なので、
言い切っちゃう形になる所はありました。
そこら辺はご愛嬌という事で、
よろしゅうございます_(:3 」∠)_

他の説を否定して回るつもりは無いですが、
こちらも思わず「いやいや、それは違うっしょ」
って言ってしまった部分があるので、
こちらも修正してます。

このコメント欄で色んな説が
他にも来ると思いますが、
あくまでも自分はこう思うよ!
というスタンスを忘れずいようと思います。

というか、正解は本家しか分からないので
自分はこう思う!としか言えないですねw
ただ、矛盾だらけの説が来た場合は、
自分なりの視点ですが、それは矛盾じゃない?
ぐらいは書こうとは思います。

そして、麻璃央さんのそういった
コメント感謝です。
勘違いさせてしまった部分は
改善できるようにしていきます!

遊びに来てくれて
ありがとうございます\(^o^)/

返信する
サンマイ

細かく考察されており、感心しながら読ませていただきました。
そのうえで、私の考察を書かせていただきます。
まず、主人公は自ら命を絶っていてその魂が、同じく自ら最期に向かっている人々を救済するストーリーだと考えます。
屋上のシーンですが、地面に引かれた線(黒と白が混じった色)を境に、主人公(せい)とその他(し)に分かれます。
生と死が逆とも考えましたが、構図で考えると屋上の入り口からより離れた場所が命の終わりに近いはずなので、こちらのほうがしっくりきました。​
主人公は、傷ついた者たちの痛み苦しみや、傷つける者たちの悪意憎悪または生きることの辛さを一身に抱えてもがき苦しみながらも、
生きろと必死に訴えているように思えます。最後、覚悟を決めた表情で歩き出しますが、力尽きて終わる。
雄々しさから一変して切なく儚いものになる表情変化の妙に、ただただ感嘆しました。
立ち止まっていた人々は主人公の歩みを見て、自らも境界線を踏み越えて歩み始めています。
以上はMVの映像のみ(無音)の情報でストーリーがどういうものだったのかを考えたものです。​
そうした上で、曲の歌詞と映像を照らし合わせ、様々なメッセージを拾っていくと混乱しづらいかもしれません。​
たとえば、屋上の生と死の境界線は、自分らしく生きる者(黒い羊)と自分をコロして生きてる者(白い羊あるいは白い羊のふりをするもの)と考えるとしっくりきます。
自分らしく生きろというメッセージだと私は思います。​それ以外にも、
のけ者厄介者とされているメンバー達(これも黒い羊)に自分を重ねた人にとって、
主人公は自分を肯定してくれる抱きしめてくれる存在であり、救いなのだと考えていただけるとよいですね。
見方によって意味が変わるように意図的につくられていると思うので、
ビビさんの見方は正解だと思います。そして、主人公が既にこの世に居ないというものも正解だと思います。本当に奥行きのある作品だと思います。
因みに私は、屋上でメンバーとのダンスが終わった後に出てくる4人は実親 養親だと考えています。
私なりの根拠があるのですが、さらに長文になってしまうので、一旦ここで終わらせていただきます。
長文失礼いたしました。

返信する
サンマイ

度々、すみません。
前回、書きそびれてしまったこの物語のカギでもある彼岸花の意味について私の考えを書かせていただきます。
この物語において彼岸花は、あの世の象徴であり、救い(愛)の象徴であると私は考えます。
これは、主人公が、既にあの世に居ることを表すと同時に救済者であることを表しています。
まず、冒頭の事件現場の周り一面にまかれた彼岸花の花びらは血を表しており、
「あの世」のメタファーです。そのあとのカメラアングルを見てもらうと、
まず手に持った彼岸花を映してからそれを持った主人公が写り、歩き始めます。明らかに意図的な演出です。
これで自ら命を絶った人間が主人公であることを教えてくれています。
次に、彼岸花があの世の象徴であり、救い(愛)の象徴であることを効果的に感じるシーンを書いていきます。
まず、1Fで小林さんが演じる学生を主人公が抱きしめるシーンです。
この場面で、学生は主人公の救いの手を払って持っていた花を無理やり奪います。
この行動で彼女はあの世へ行きたがっていることがわかります。
この場面での花はあの世の象徴です。ここの「あの世」の意味をさらにお置き換えると
白い羊(自分を押し殺して生きる)となります。
次に、2Fの「全部僕のせいだ」の歌詞の場面で、主人公は1度花を失っています。
ここでの花は救い(愛)です。花を失った主人公には誰も救うことができません。
その後、幼いころの自分から再び花を受け取る。(愛を思い出す)
そして、屋上です。男性(養父)に乱暴されて、花を落としてしまい、
女性(養母)がそれを拾い上げて渡す。この花は勿論救い(愛)なので、
養父から暴力を受けて愛を失いかけた主人公が養母の愛で救われるというシーンをテクニカルな演出で見せてくれています。
以上が、私の考察です。

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ビビ

皆さんコメントありがとうございます!

必ず目を通して少しずつ返信します!
亡くなる事に関する文言は、
何かとNGらしいので、
あの世などの文言に変更してます!

返信までしばしお待ちください\(^o^)/

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サンマイ

ビビさん
文言の修正等ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。
これから、主人公の親についての私の考察を書いていこうと思いますが、長くなってしまうのでいくつかのポイントに分けていこうと思います。長々と申し訳ないのですが、お付き合いいただければ幸いです。
今回は、意見の割れている誕生日のシーンについて書いていきます。
誕生日のシーンに出てくる3人は、主人公の子供時代(同じ服装をしているので比較的わかりやすい)と母(養母)と父(養父)です。問題はそのあとですね。この後、不幸に見える人々が映ります。幸と不幸がわかりやすく映るシーンですね。ここに出てくる人々はビビさんのおっしゃる通り、直接ストーリーには関わってきません。例えば、若い男女が主人公とかかわりがあるのならば、カメラは彼らの表情を映しながら通り過ぎるはずです。しかし、していません。ここで注目すべきなのは、写真です。カメラの動きを見ると、作り手側の「ここに注目してくれ!」という意思がしっかりと読み取れます。写真に写っているのは、若い女性と幼子です。この幼子は主人公の過去です。先ほど誕生日の時に映った時よりも更に過去です。写真を見る限り、本当に子役の子本人の小さい頃の写真を使ってるっぽいですね。ここから、この写真に写る女性が主人公の実母だということを見て取ることができます。そして、カメラが再び主人公に戻ってくる瞬間を見ると、主人公が写真に目をやっていることがわかります。ここでも、写真が主人公と関わりのあるものだということが良くわかると思います。
以上が、誕生日シーンの私の考察です。

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サンマイ

次に、親子関係をまとめさせていただきます。
養母:誕生日を祝っていた女性=屋上で花を拾い上げる女性
養父:誕生日を祝っていた男性=屋上で主人公を引きずり回した男性
実母:写真に幼子と一緒に写っていた女性=屋上で主人公が一度拒絶を示したがそれでも抱きしめた女性
実父:実母の前に主人公を抱き上げた男性(確証はない)
次に屋上シーンの流れ
1 実父に抱き上げられる:抱き上げる場面が高い高いを連想させる。赤子の頃に亡くなったか離婚して離れた為主人公の反応は実母に比べて淡白。
2 実母と会い、抱擁を求められるも主人公は拒絶してしまう。作中で主人公が拒絶を示したのは彼女のみ。が、感情を爆発させた後しっかりと抱き合う。どういった事情で主人公を手放したのかは分からないが、抱きしめ終えて主人公が去っていく際の、名残惜しそうに伸ばした手が印象的。
3 酔っぱらった養父に主人公が引きずり回された後、強く突き放される。おそらく酒乱で、家庭内暴力が行われていたことを連想させる。突き放し方をみても愛情は感じられない。
4 養母は投げ出された花を拾い上げ、それを主人公に渡して強く抱きしめあう。養父の暴力から守ってあげられなかった後悔の念があったのだろうか。
実母と実父はなぜあんなに若いのか、そもそも実父が死んでいたとするならばなぜそこにいるんだ、という疑問を感じる方もいると思いますが、これは主人公の中にある親のイメージなので、別れた時のまま年齢が止まっているのは、自然だと考えます。虚実入り混じった世界観なので混乱しやすいですね。
ここで、親達4人とも前シーンにでてた問題について書いていきます。
私は、単純にエキストラの使い回しだと考えます。屋上シーン以外ははっきりと顔を映していませんし。じゃあ、なんで養親は誕生日の時の二人を使わなかったのか。
養親に関しては実親とは違い、主人公と共に齢を重ねていなければおかしいので、別人を使ったのだと考えます。ワンカット長回しなので、老けメイクをする時間もないでしょうし。
以上が、親子関係に関する私の考察です。

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長濱ねるは性格悪そうだけど可愛いからゆるす

メンバーがいろんな観点から見られるmvと言っているので、主さんの考察も合っているとは思いますが、ミスリードとおっしゃっている部分は他の観点から見てのしっかりとしたリードだと思います。
説はこれ一つのような書き方はあまりよく思えないです。

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