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欅坂46の「黒い羊」MVと歌詞の意味考察してみた!ここがスゴイ!ポイント解説

欅坂46の黒い羊のMVと歌詞の意味考察記事のアイキャッチ画像

欅坂46の「黒い羊」

また出てしまった。
今回も、神曲。

早く感想を書きたい。
さっそく、
欅坂46のMVと歌詞の意味を考察
していこうと思います。

▼以下の順番で書いていきます。

  • 黒い羊を聴いた感想!ここがスゴイ!
  • 黒い羊動画
  • 黒い羊の歌詞
  • 黒い羊歌詞の意味考察
  • 黒い羊のMV考察

・歌詞が知りたい!
・歌詞の意味が知りたい!

って人は、最初の感想だけ飛ばしてください。
最後の方に黒い羊MVの考察なども書いています。

ビビ

目次を開いて押せば好きな項目に
ひとっ飛びできるよ。MVの解説は
かなり下にあるので、目次使わない場合は
高速スクロールで飛ばし読みしてね

欅坂46の黒い羊はここがスゴイ!

あー、ほんとにすごい。
また神曲。欅坂46の曲は、

聴いているとじんわりと
込み上げてくるものがある。
心に深く入り込んでくる。
曲と自分を重ねると
冗談抜きに涙が出てしまう。

きっとこんなファンは多いと思う。
僕もそうだ。

けど、これには
しっかりとした理由がある。
欅坂46の曲は基本的に

「私」という一人称を使わずに
「僕」という一人称を使う。

私という一人称を使う男性は少数だろう。
女性も僕という一人称を使う人は少ないが
漫画やアニメなどを見慣れている、
主に10代をターゲットにしているので、

女性であっても「僕」がすんなり
受け入れられる人が圧倒的に多い。
(漫画やアニメでは意外に僕と使うキャラクターは多い)

この一人称によって
男性でも女性でも
自分に関係するものとして、
物語を受け入れる事ができる。

もしも平手友梨奈が
思い切り立ち上がって
「ワシは嫌じゃ!!」
とか言ってたら色んな意味で
精神的ショックが大きいし
頭の中のあらゆる引き出しを開けても
クェッションマークしか出てこなくて辛い。
物語に集中できない。

その一人称の工夫に加えて、

欅坂46の曲には、
10代が普段よく目にしている光景
が多々出てくる。

歌詞については、
後から細かく載せていくが、
一部だけ。

例えばこの部分。

夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

都会の雑踏にしなかったのは、
田舎で生活しているみんなにも
深く刺さるように、あえて
商店街をチョイスしている。

「君の名は」では、
普段目にする街中を
限りなくリアルに描くことで、

私たちの生活のどこかで起きていそう

そんな物語だなと思わせる効果があった。
これは、自分に関係していると思わせる技。

エヴァも普段の生活で
目にする電信柱や
街なかの何気ない
光景が限りなくリアルに
普段の光景に近い形で描かれている。

そういう細かい技が
もうあちこちに隠れてる。

放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

これもよくある光景。
とくに悩み苦しんでいる
10代にとって当てはまる部分が多いだろう。

言いたいこと言い合って
解決しようなんて
楽天的すぎるよ
誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

これはもう凄い。神業としか言えない。
この体験は誰もがしているだろう。
10代のみならず、どの世代でも
頭の中にため息をついている人の
映像が浮かぶ。

学生は教室を、
会社員は会議室を、

それぞれの胸に刺さるこんな
すごい内容をたった5行の
少ない行数で、脳内映像の
おまけまで付けて届ける。

なんだよ、なんだよ。
秋元康。天才すぎるよ。

薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない
過去だけが残ってる

学生時代に気持ちが落ち込んだ時、
部屋が暗いまま、鞄をぽんと放り投げて
電気も点けずにため息ついた経験。

みんなにもあると思う。
この4行も、学生なら学生。
大人なら大人なりの
それぞれのイメージがありありと浮かぶ。

「スマホには愛のない過去」

とした事で、

家族を思い浮かべる人、
友人を思い浮かべる人。

様々居るだろう。

これこそが、
自分ごとにさせるという事。
街中で急に
病気の発作で倒れて、
「助けを呼ばないといけない」
としよう。そんな時、
「だれか!助けてください!」
と言っても誰も
助けてくれないそうだ。

そんな時は、

「そこのあなた!!
助けてください!!」

そう指をさしてあなた!と
言う方が、心理学的にも効果がある。
自分ごとにさせる必要があるのだ。

秋元康の書く歌詞、とくに欅坂46は
悩んだり、葛藤の中にある10代を
ターゲットにしているだけあって、
この自分だけに刺さる。

という言葉の刃物がとても鋭い。
聴いたら途端に抱えていた思いが
雪崩のように心の中から溢れてくる。

周りに合わせないといけない。
列からはみ出たら除け者にされる。
指をさされてバカにされる。
そんな日本独特の空気が息苦しくて
耐えられない。

そんな人に必ず刺さるようになっている。
お見事としか言えない。

欅坂46の新曲「黒い羊」

先ほどの解説も含めて聴いてみて欲しい。
作詞をやっていた経験があるので、
思わず細かく見ちゃうけど、
物作りしてなかった人でも
ピンと来るのではないか。

まず曲を
聴いてもらわない限りは、
この記事を
読み進められないと思う。

ビビ

やっと公式がYouTubeに動画アップしてくれました!嬉しい!
動画も観てみてね!

欅坂46「黒い羊」の歌詞

勇士が動画コメント欄にあげてくれた
黒い羊の歌詞を改めて間違いが無いか

▼何度も聴きなおして載せてます。

黒い羊

信号は青なのか
それとも緑なのか
どっちなんだ
あやふやなものは
はっきりさせたい

夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

言いたいこと言い合って
解決しようなんて楽天的すぎるよ

誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう
全員が納得する
そんな答えなんかあるものか
反対が僕だけなら
いっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が
居心地悪くなる
目配せしている仲間には
僕は厄介者でしかない

真っ白な群れに悪目立ちしてる
自分だけが真っ黒な羊
と言ったって
同じ色に染まりたくないんだよ

薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない過去だけが
残ってる

人間関係の答え合わせなんか
僕にはできないし
そこに居なければ良かったと後悔する

人生の大半は思うようにはいかない
納得出来ないことばかりだし
諦めろと諭されてたけど
それならやっぱ納得なんかしないまま
その度に何度も唾を吐いて
噛み付いちゃいけませんか

No…No…No…No…
全部僕のせいだ

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう
全員が納得するそんな
答えなんかあるものか
反対が僕だけなら
いっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が
居心地悪くなる
目配せしている仲間には
僕は厄介者でしかない
わかってるよ

白い羊
なんて僕は絶対なりたくないんだ
そうなった瞬間に
僕は僕じゃなくなってしまうよ
周りと違うその事で
誰かに迷惑かけたか
髪の毛を染めろ
という大人は何が気に入らない
反逆の象徴に
なるとでも思っているのか
自分の色とは違う
それだけで厄介者か
oh
自らの真実を捨て
白い羊のフリをするものよ
黒い羊を見つけ指をさして笑うのか
それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

欅坂46「黒い羊」というタイトルの意味とは?

考察に入る前に、
この「黒い羊」にの言葉の意味を
説明しておきましょう。

黒い羊というモチーフには、
元々いくつかの意味が
含まれていますが、
基本的には心理学で
言われる効果のみです。

差別的な意味合いなども
含んでいますが、シンプルに
以下の意味合いだけ考えればOKです。

黒い羊の意味:集団心理学的な意味

仲間でありながらもその集団に
馴染めない者を決して仲間とは認めず、
厄介者として迫害したり、
排除してしまう様なことを
集団心理学で
「黒い羊効果」と呼びます。
白い羊の群れに一匹だけ混ざった
黒い羊が仲間と認められずに
排除されてしまう聖書の内容にちなんで
1988年に命名された現象です。

シンプルに言えば、
厄介者とか、変わり者とか
そんな意味合いです。

欅坂46「黒い羊」の歌詞の意味考察

色んな考察が飛び交いそうな
内容ですね笑。
けど、少し冷静に見てみましょう。

▼以下の歌詞からも分かる通り

黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた
針はまた動き出すんだろう

この歌詞では

誰かに迫害される

という意味合いより、
自分で思いついたように
「そうだ!僕だけが居なくなればいいんだ」
とハッキリ言っています。
自主的な動きですね。

黒い羊だぞー!!追い出せ!!
という意味合いではなく、
私は黒い羊。厄介者だ。

という意味合いです。
その後にこんな風に続きます

私は黒い羊。厄介者だ。
なぜなら、みんなが
言いたい事を押し殺して、
本音を抑えながら、
目配せをしてその場を
やり過ごしているのに、
私はどうしても真実(本音)と
向き合ってしまう。
だから、私はみんなの厄介者なんだ。

この事からも、

・平手友梨奈(てち)を迫害する意味合いがある
・平手友梨奈(てち)がケガしている事からてちの事だ!

みたいなコメント内容とは
全然違う訳です。

むしろ、逆に

「怪我した自分がチームの
足を引っ張ってる」

と思うぐらい
おそらく責任感の強い
平手友梨奈さんに
関する曲であれば、
厄介者と自分を責めている人に
共感する内容の歌詞と
「思うまま生きろ」という
メッセージ。の内容を考慮すると

応援歌の意味合いの
方が強いでしょう。

なので、黒い羊は
ただのモチーフであって、
迫害対象が平手友梨奈さん
という訳ではありません。


それでは、歌詞全体の
解説に入っていきます。

歌詞の最初の部分から

黒い羊

信号は青なのか
それとも緑なのか
どっちなんだ
あやふやなものは
はっきりさせたい

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

こちらは、もうなんとなく
感じ取ってると思いますが、

黒い羊=厄介者=自分の本音を大事にすること

という意味合いです。

なので、この信号は青なのか、
緑なのか?どっちなのか。
ハッキリさせたい。

というのは、
自分の本音を大事にしたい。
本音でハッキリと表明していきたい。
けど、その状態をハッキリさせようか
させまいか、渡ろうか渡らないか、
迷っている最中。

そんな気持ちと情景を
重ねていますよ。

という事です。


夕暮れ時の商店街の
雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って遠回りして帰る

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

場面は切り替わり、
徐々に本音を表明した結果、
クラスメイトと気まずい状況になり、
遭遇しないように、気持ち的に
商店街の雑踏ではなく、
遠回りをして帰ろうとする心境です。


放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで
分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる

言いたいこと言い合って
解決しようなんて楽天的すぎるよ

誰かがためいきをついた
そうそれが本当の声だろう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

本音を表明した後の
シーンそのままですね。
ここで言う

「言いたいこと言い合って
解決しようなんて」

というセリフはあくまでも
言いたいこと=本音
という意味合いでは無く、

上辺だけの本質を見ないコトバ
という意味合いが強いです。


黒い羊
そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
〜〜〜〜〜(中略)
いっそ無視すればいいんだ
〜〜〜〜〜(中略)
僕は厄介者でしかない

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

全て一個一個解説していたら、
いくらあっても足りないので
特に解説が必要じゃなさそうな
シーンは省いて説明します!
こちら、「いっそ無視すればいいんだ」
というセリフがありますが、
こちらも特に深い意味合いはありません。
いっそ無視して黒い羊になればいいんだ。
という少し投げやりな気持ちです。


薄暗い部屋の明かりをつける
タイミングって一体いつなんだろう
スマホには愛のない過去だけが
残ってる

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊として
本音を表明したことで、
周りとぶつかり、心が摩耗して
部屋の明かりも点けずに、
スマホを見ている様子ですね。

この話の流れからすると、
愛のない過去というのは、
白い羊である友人たちからの
上辺だけのメッセージ全般を
指していると見ていいと思います。

あえて、限定的にしていないので、
もちろん家族友人などを当てはめても
違和感はない部分です。


人間関係の答え合わせなんか
僕にはできないし
そこに居なければ良かったと後悔する

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊にしかなれないし、
白い羊達の場所で
黒い羊になろうとすり減る様子。


人生の大半は思うようにはいかない〜〜〜
噛み付いちゃいけませんか

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

黒い羊のままで居たいという
葛藤や思い。


周りと違うその事で
誰かに迷惑かけたか
髪の毛は染めろ
という大人は何が気に入らない

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

ここですが、この髪を染める
という出来事に関して、
こんなエピソードがあったそうです。

最初に欅坂46のターゲットは、
「10代の悩み苦しみ
葛藤している若者」と言ったけど、

秋元康は、もしかすると
欅坂46のメンバーのみんなに向けた
応援歌を作っているのかもしれませんね。

歌詞の最後のフレーズでめちゃめちゃ
重要な部分があるのですが、
これは後から説明します。

白い羊と歌うシーンでは意味合いが異なる

白い羊と黒い羊の歌詞の意味の違い解説図
少し見づらかったら申し訳ない。
文字の方がいい人は、以下で簡単に解説。

黒い羊(左)の場合は、
自分と自分の身の回りの出来事に関して

白い羊(右)の場合は、
主に周りの大人たちに対して

という違いがあります。

たったの一文字で共感を集める黒い羊歌詞のヒミツ

これ、スゴイですよ笑
わざわざこうして
別枠で解説する必要があります

自らの真実を捨て
白い羊のフリをするものよ
黒い羊を見つけ指をさして笑うのか
それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

引用:欅坂46「黒い羊」歌詞

これが欅坂46黒い羊の
最後のパートです。

意味合い的には、全体含めて
「自分らしく生きろ」
という秋元康の
とても熱い応援歌的な
メッセージです。

最初の部分でも「ここがスゴイ!」
というポイントを話しました。
そこには、

秋元康による聴いた人全員に
否応なしに自分に関係するものと
思わせる技法が満載でしたが、

この最後のパートには驚きましたw
秋元康ほんとに天才過ぎて……。

このパート何がどこが
スゴイか分かりますか?

ビビ

ヤバ過ぎるw

これまで、共感要素をかなり
丁寧に散りばめてましたよね。

そこで、このフレーズ。

それなら僕らはいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

なんですか!!!この僕らの
僕「ら」って!!!笑

これまで、この歌詞の中の
主人公が黒い羊になるか
ならないか葛藤しながら、
自分の本音を出して一歩踏み出す
そんなストーリーだったはずです。

ここに来て、急に。
マジで何の違和感もなしに、
たった一文字を入れるだけで、

曲を聴いた人は、

「自分のことだよな」
っとなっちゃう。

本来、この一行は不自然です。
なんですか。僕らっていつからどこに
僕らの要素ありました?
この歌詞の中に。

このたった一文字のために、
あらゆる共感要素を歌詞に散りばめて
伏線はってるんですね。

だからこそ、
この一文字を入れても、
違和感なく自然に入ってくる。

もはや、

感動のサブリミナル
効果ですよ!!

正直、ヤバすぎませんか?
秋元康。ちょっと天才過ぎて
めまいがしそうです。


ナゾの男

コメント欄に何回聴いても「僕ら」って言ってないよ
ってコメント付いてたけど、そこら辺どうなん?

ビビ

ワイも何回か聴いたけど、
どう聴いても「僕ら」に聴こえるんだよな。もしかして、
人によって見え方が違う写真みたいな感じか?

ナゾの男

まぁ、まだ公式で歌詞も発表されてないし、
耳で聴いて書いたやつだから、
どちらが正しいかは言えないな……

ビビ

どうしても僕らに聴こえる!あくまでも、
一つの説として捉えてくれ。
正直、公式が発表するまで分からんw

ナゾの男

これで違ってたらウケるなw

ビビ

全力で自分なりに考察したら、
そりゃ違う事もあるだろうよ!!
けど、人の記事をコピペして
自分の視点も交えず、
つまらん記事を書くより全然マシだろ!!!
俺は白い羊にはなりたくねぇんだよ!!
勘弁してくれ!!!

ビビ

必死すぎワロタw

という事で、
あくまでも色々ある説の
1つとして捉えててくださいましm(_ _)m

欅坂46「黒い羊」のストーリー時間軸

ごめん、興奮してもうたw
これで最後だから、
最後だから付き合って。

ナゾの男

飲み屋で語る
オタクのおっさんみたいなノリだなぁ

ビビ

オタクのお兄さんと呼べ!w

最後に触れておきたいです。
これは、まだハッキリとこうだ!!
とは断言できない箇所ではありますが。

結論から言うと、
この黒い羊のストーリーは、
他のアップテンポな曲の
続きでは無いか?

という説です。
そこを解説していきます。

基本的に欅坂46の挑戦的な曲。
アップテンポな曲の
メッセージテーマは
「自分らしく生きろ!!」
がテーマです。

サイレントマジョリティーでは、

「君は君らしく生きていく自由があるんだ」
不協和音では、
「意志を貫け!」
ガラスを割れでは、
「やる前からあきらめるなよ
おまえはもっとおまえらしく 生きろ!」
アンビバレントでは、
「他人に何を思われても
何を言われても聞く耳を持たない」

っとまぁ、大分ハッキリと
メッセージが入ってますね。
これは疑う余地がないと思います。

それで、各曲ごとにちょっと
応援メッセージの状況が違うんです。

サイレントマジョリティー

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「初めから そうあきらめてしまたら 僕らは
何のために生まれたのか?」

「行動しなければNOと伝わらない」

「君は君らしく生きて行く自由があるんだ」

「大人達に支配されるな」

「Yesでいいのか?」

→主に、行動を促すための助言や応援の意味合いが強い

不協和音

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「僕はYesと言わない」

「最後の最後まで抵抗し続ける」

「嫌われたって僕は僕の正義がある」

ここで主張を曲げたら 生きてる価値ない
欺きたいなら 僕を抹殺してから行け!」

→主に、実際に行動した状態の描写になっている。
→サイレントマジョリティでの「Yesでいいのか?」
に対するアンサーになっている。その他、
赤のアンダーライン部分がアンサーに当たる

ガラスを割れ

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「目の前のガラスを割れ!
やりたい事やってみせろよ」
→まだ行動にうつしていない

「邪魔するもの ぶち壊せ!
夢見るなら愚かになれ
傷つかなくちゃ 本物じゃないよ」

「偉い奴らに怯むなよ!
闘うなら孤独になれ
群れてるだけじゃ始まらないよ」

→主に、行動する前の
葛藤部分に焦点を当ててる

アンビバレント

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「好きだと言うなら否定しない
嫌いと言われたって構わない
誰かの感情 気にしてもしょうがない」

「孤独なまま生きていきたい〜〜中略〜
だけど一人じゃ生きられない」

→主に、葛藤部分に焦点を当ててる

黒い羊

▼ストーリーが把握しやすい箇所はこちら

「はっきりさせたい」

「話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる」

「真っ白な群れに悪目立ちしてる
自分だけが真っ黒な羊」

「何度も唾を吐いて 噛み付いちゃいけませんか」

「それでも僕はいつだって ここで悪目立ちしてよう」

→ここで悪目立ちしてよう!というセリフの通り、
既にガンガンに行動している状態です。


サイレントマジョリティと
不協和音は明らかに繋がりを意識した
構成でしょう。

1曲1曲に込められている曲の
ストーリーの主人公の行動を
曲ごとにこうやって書いていくと
迷い、葛藤して、行動するという感じで
割とストーリーに大きなズレがなく
進むのが不思議なんですよね。

新しく出る曲ごとに、
こういった視点で見ても面白いかもしれません。
という提案でした!

サイマジョ→不協和音のつながりを意識して
曲を作っていれば、そりゃあ
次作る曲も、ストーリーつなげようかなー?
って思いますよね。作り手であれば。

MVでも繋がる部分があるので、
この辺は、正式にMVが公開されてから!ですね!

欅坂46の黒い羊MVの考察

このMVは観た人を間違った解釈に導くような、
ミスリードな演出が多いです。
そこを踏まえてしっかりと解説していきます。
※人が亡くなる系のキーワードは伏せ字か、別の言い方に変えてます。

まず、

チラッと見た感じでは、

  • てち(平手友梨奈)がジサツした説
  • てち(平手友梨奈)が死の象徴になった死神説
  • 誕生日祝っている奥のカップルが本当の両親説
  • 屋上に居る両親と分かち合う説

とかとか、ありましたが、
よく見たら
異なる点が多いです。

という事で、まずは彼岸花の意味から
1つずつ解説していきます。

欅坂46の黒い羊MV「彼岸花」の意味とは?

まず彼岸花の意味ですが、
彼岸花の花言葉は、

  • 情熱
  • 独立
  • 再会
  • あきらめ
  • 転生
  • 悲しい思い出

などの意味合いになります。

なので、当然冒頭の
ジ◎ツ現場のシーンは、
血の代わりに彼岸花の
花びらが散っている訳なので、

「情熱」を失ってしまった。

という状態を人の死で
表現しているMV
という事になります。


欅坂46の黒い羊MV冒頭事件現場シーンの意味とは?

欅坂46の黒い羊MVの「冒頭現場のシーン」画像
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

という事はつまり、
「情熱の死」
という訳なので、

当然、白い羊に負けてしまい、
希望を失った状態。
自我が消えた(本音で生きられない)状態。
という事になります。

そして、冒頭シーンで
白い羊がピアノ弾いてる
シーンがありますが、これ、
見逃しがちだけど不自然ですよね。
こんな事件現場でピアノ弾く
なんて気が狂ってます。

このシーンの意味としては、

白い羊に負けてしまい
希望を失い、
自我(本音で生きる自分らしさ)が
消滅してる現場という意味です。
「白い羊にはなりたくない」
と強く願ってこの世を去ったにも
かかわらず、その鎮魂歌を
白い羊自身がピアノで弾いて
魂を鎮めようとしている
何とも救いようのないシーンです。

そのやるせない地獄のような世界
(白い羊の世界=本音で生きない世界)を
横目にしながら、てちは
黒い羊達の心の中へ入っていきます。

てちが亡くなっていない理由

もし、冒頭シーンで亡くなった人が、
てち(平手友梨奈)自身であれば、
てちが持つ彼岸花が
枯れていないところに
矛盾が生じてしまいます。

てちの情熱はまだ枯れていないので、
亡くなった人はてちではなく、

「黒い羊で在ろうとして、白い羊に
負けてしまい、本音で生きなくなった人々」

を指しています。
つまり、冒頭のジ◎ツ現場で
亡くなった人は、1人ではなく、

本音で生きられない人々全般

を指しています。
てち(平手友梨奈)は、
本音でどうにか生きようとする人の
象徴になっています。

欅坂46の黒い羊MV「建物の中」1階フロアのシーン

欅坂46の黒い羊MVの「建物の中」の意味
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

先ほど書いたように、
てち(平手友梨奈)は、
「本音で生きようとする人々」
の象徴です。集合体の様なものですね。
概念と言ってもいいです。

とすれば、建物の中で色んな人が
いじめられたり、攻撃されたり
している対象は、言うまでもなく
「黒い羊」です。
上の画像にも、ハッキリと
「Black Sheep」って書いてます。

この建物の1階フロアは、
細かく1人1人考察しても、
あまり意味がないのです。
なぜなら、黒い羊全般に対しての
表現だからです。

この1階フロアの意味合いは、

「黒い羊になろうとして、
もがき苦しむ人達、
それによって、
心に深い傷を負ってしまう
現代日本の象徴」

と言ったところです。
その証拠に、この1階フロアの
「1分33秒のシーン」に
こんな電飾看板があります。

欅坂46の黒い羊MV考察「1階フロアの意味」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

わざわざこんなところに、
適当な看板置く訳ないです。
NIKEとかアディダスとか
ARIADNE?なんか分からんけど、
英語がオシャレだから置きました!
みたいな理由ありえないですよねw

「ARIADNE(アリアドネ)」

と書いてあります。
これは、ギリシャ神話に登場する女神です。
ARIADNE(アリアドネ)という名前には、
「尊くて汚れのない清らかな娘」
という意味合いが込められています。

このARIADNE(アリアドネ)の物語を
簡単に書くと、

アテネの英雄が
ミノタウロス退治に来た時に、
迷宮に迷い込んでしまった。
そこで、彼に恋をしたアリアドネは、
道案内の糸を与えて
迷宮を通り抜けさせてあげた。
この話が元となり、
難問解決の手引きの方法を
表現する言葉として、
「アリアドネの糸」と言う
言葉が生まれました。

この内容からも分かる通り、
最初で書いたように、

てち(平手友梨奈)は、
黒い羊になろうと葛藤したり、
苦しんで藻掻いている人を
どうにか助けたいと思っている。

事が分かります。
なので、抱きついている訳です。

そして、この1階フロアは、
迷宮そのものを表現しているフロアだな。
というのが分かります。

なので、

このフロアのテーマは、
先程書いたように、迷宮だったり、
混乱だったりです。

「黒い羊になろうとして、
もがき苦しむ人達、
それによって、
心に深い傷を負ってしまう
現代日本の象徴」

という訳です。
なんの矛盾もなく、しっくり
当てはまります。

MVの撮影は一発撮りで勝負しているので、
各フロアごとにテーマを設けて
表現せざるを得なかったのです。

そして、MVの映像は
2階のフロアへ進みます。

欅坂46の黒い羊MV考察「階段シーン」の意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「階段のシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

このシーンはとても
分かりやすいシーンだと思います。
上の画像でも分かる通り、
彼岸花が上から散ってきています。
先程、説明したように、このMVでは
花びらに「情熱」や「希望」という
意味合いを込めています。
それが、上から散ってきている。

先程の1階部分のシーンは、
葛藤して傷付いたり、迷宮的な
意味合いがありました。
このシーンは、

黒い羊になろうとして、
迷い苦しみもがいたけど、
それでもなれなかった。
諦めと絶望のシーン

です。

彼岸花が上から散ってきている
証拠以外に、

階段のシーンに入った瞬間。

①サラリーマンが階段から転がり落ちてくる
②左にはただ上の言うことを聞く白い羊に成り下がった人達
③真ん中には、1枚の紙で全てを判断された絶望感じる女性
④階段の手すりには、鎖のモチーフ。
→心の中の表現なので、鎖で混乱具合をあらわしています。

その他には以下の要素が散りばめられています。

欅坂46の黒い羊MV考察「階段のシーン」その2
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

【左から】
虐待やネグレクトなど
により感情を失った二人組女性の
心境をその後ろの人形で表現。

【真ん中】
首の座っていない赤ん坊。
亡くなっているのかは不明だが、
白い羊になった末路、
絶望的な意味合いのシーンなので、
心に余裕がなくなり、
乱暴な子育てをしている風景で
相違はないと思う。

【右】
飛べなくなった青い鳥。
童話の青い鳥には、「希望」という
意味合いが込められています。


以上の解説から分かる通り、
このシーンからサビに行くまでの間は、

基本的に

「自分の本音を押し殺す白い羊になった
末路、絶望を表現したシーン」

になっています。
階段上ってもそれは同じです。

ちなみに、階段上ってすぐのところに、
白い羊が窓ガラスの中で
騒いでいる人を見ている
シーンがありますが、

黒い羊になって喜びに
溢れている人達を、
黒い羊になれなかった
白い羊がジッと
眺めている姿を表現した
シーンです。

ビビ

小ネタっぽいとこなのもあり、
画像は大変なので、載せませんw
じっくり見てみてね

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日のシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日シーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

そして、このシーンで
色んな考察がありそうですが、
めちゃシンプルです。

このMVは一発撮りという性質もあり、
各フロアごとに意味が分かれているのが
特徴です。

このフロアは、先程の階段に引き続き、
絶望の象徴になっています。

誕生日シーンとその奥の人達、
いかにも関連がありそうな感じで
並んでいるのが混乱の原因ですが、
特に関連はありません。もし、
関連があるのであれば、
当然以下の画像に写っている人も
関係ないとおかしいですよね。

欅坂46の黒い羊MV考察「誕生日シーン」その2
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

けど、この人達が映る瞬間は、
1秒にも満たないです。
それにとても見えづらい。
伏線としてはあまりにも乱暴過ぎます。
あえて、ミスリード狙っていると
思ってもいいでしょう。

このフロアは、
絶望を表現しているシーンなので、
誕生日シーンで喜んでいる様に見えて、
実は絶望を感じている人が居る。

という事です。

その後ろで、女性が左手で
腕を抑えながら歩くシーンもありますが、
それも、その人の絶望。

カップルもカップルなりの
絶望を感じている。

という「自分の本音で生きない」
を選択した白い羊は、
階段から転げ落ちるし、
苦しい心境に陥り、
幸せそうに見えても、
常に絶望と隣合わせの状態にある。

という意味合いです。
また、階段部分で登場した
スーツ姿の男性が、

欅坂46の黒い羊MV考察「エキストラ俳優の使い回し」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

この誕生日シーンとカップルが
登場する場面のすぐ後に
登場する事から、

エキストラを使いまわして
どうにか表現しようとしている
のが伝わります。

カップル写真の子供と、
誕生日でお祝いしてもらってる
子供がとても似ていますが、
エキストラの使い回し、
ミスリードと考えてもいいでしょう。

このMVは、そもそも
個別の人々に焦点を
当てていないので、

それぞれの絶望と解釈するのが
正しいと思います。

子供とカップルは関係ないです。

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが希望を失うシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが希望を失うシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

そして、絶望フロアを通り抜けた
てち(平手友梨奈)は、この時、
絶望を失った状態になっているので、
彼岸花を持っていません。

情熱を完全に失ったてちは、
苦しみを味わいます。白い羊の群れに
飛び込み、葛藤します。

白い羊達は、彼岸花が散った、
「希望が全て散った」光の彼方へ
走っていきます。

本音で生きない、白い羊たちの選択を見て、
てちはさらに絶望を感じます。

これまでの流れを簡単に
▼まとめるとこんな感じです。

ーー

★1階
→黒い羊になろうとして
迷う人々の心の状態を表現
→それを、アリアドネみたいに
救おうとしてるてち。

★2階(階段からサビまで)
→白い羊になってしまい、絶望する人々
→現実のあまりの酷さに
てち自身も希望を失いかける

★3階階段の手前まで
→てちが完全に希望を失っている状態。
→両手の手の平を上にして絶望を演じている。
→階段に足を置く寸前までは、絶望状態。

ーー

という事で、物語は終盤へ。
子供が居る階段シーンへ続きます。


欅坂46の黒い羊MV考察「子供と再会するシーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「子供と再会するシーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

こちら子供と再会するシーンですが、
このMVは心の中を
表現しているMVです。

先程の階段には、
鎖が巻き付いていましたが、
こちらの階段には、白い布が
手すりに巻き付いています。

子供も合わせて
どういう意味合いかというと、
子供って、常に全力で、
本音で生きてるんですよ。
元々その存在自体が
黒い羊な訳です。

てち(平手友梨奈)の心は、
まだ白い羊に染まっていなく、
どうにかみんなを救おうとしていましたね。
けど、白い羊の苦しさ、
絶望を見て希望を失いかけましたが、

再び、自分と向き合う事で、
心の奥底に居る「本音」の自分と
出会えた訳です。諦めかけていたけど、
小さい頃の自分が持つ
想いに触れた事で、
情熱に火が灯ります。

てちはまだまだ諦めません。
情熱のモチーフである彼岸花が
ここでも活きてきます。

欅坂46の黒い羊MV考察「てちが叫んだ言葉」意味解説

こちらは、色んな説がありますが、
唇の形的にも、ばびぶべぼのいずれかを
最初に言っている様に見えます。
「僕だけでいい!」
言っているように見えます。
これに関しては、正解は出ないですが、
歌詞に悪目立ちしていよう。という
内容からみても、

違和感はないと思います。

他に案があれば、
コメント欄に書き込んでください。
(反映遅いですが)

検証してみます。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーン」意味解説

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーン」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

屋上シーンの解説です。
この女性が母親で家族と
和解する説ありますが、
全然違います。

まず、家族であればわざわざ
この様な仕事着スタイルなのも
変ですよね。

誕生日シーンでの女性と
同一人物という話も
見かけましたが違います。
確かに似ているので、
間違えるのも無理ないですが。

この女性はこちらの通路で
出てくる女性と同一人物です。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーンの女性」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

誕生日シーンの寸前(2分16秒)で
出てくる女性ですよね。
通路にて一瞬しか映らないので、
分かりづらいですが……。

また、屋上のスーツ姿の男性が
誕生日している父親と同一人物
というのも見かけましたが、

誕生日シーンの後に、
てち(平手友梨奈)を罵倒している
スーツ姿の男性と同一人物なので、
こちらも違います。

欅坂46の黒い羊MV考察「屋上シーンの男性」
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

髪の流れ方も全く同じです。
メガネだけは外しています。

これを見ても分かる通り、
あの例の誕生日シーンは、
その奥のカップル含めて
関連性がある訳では無く、
あくまでも絶望を抱えた
それぞれの人。

という括りです。

ただ、もう分かった人も居ると思いますが、
誕生日している父親とも似ている点、
母親の髪型と同じにしている点なども
含めて、

このMVは、わざと違った解釈を
させようとしているミスリードな
演出が多々入っていると
言わざるを得ないです。

そういう監督さんなんでしょう。
多少、米津玄師さんのフラミンゴ
からインスピレーションを
受けていると思います。

明らかに意図的な演出が多い。


そして、肝心の
屋上に関する意味合いですが、
再び情熱を取り戻したてちが、
相手と向き合いながら
思いを伝えていきます。

ハグの意味合いです。

白い羊たちは、てちを攻撃するでもなく、
その後は、ただ見守ります。

1人悪目立ちして踊るてち。

どれだけ踊っても、
彼岸花は散る事なく、
情熱は灯ったまま。

欅坂46の黒い羊MVラストシーン考察
画像出典:欅坂46公式サイト(http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/?ima=0000)より引用

情熱の象徴である彼岸花を
抱えて終わります。

無限ループ説ありますが、違います。
なぜなら歌詞の意味合い的にも、
MVのストーリー的にも、

「自分らしく生きろ」
「本音を忘れず」

というメッセージがあり、
MVでも、冒頭の事件現場で
亡くなったのは

「黒い羊で在ろうとして、白い羊に
負けてしまい、本音で生きなくなった人々」

つまり情熱を失った事を
事件現場のシーンで表現しているのでした。

てち(平手友梨奈)は、
一度情熱を失い、
彼岸花を手放しましたが、
再び内なる情熱と出会う事で復活します。

そして、アリアドネとなって
人々を最後まで諦めずに救う。
そんなストーリーです。

さて、その流れでいきなり
「よしっ!飛び降りよう!」って
なりますかね……。

否、飛び降りるというのは、
このMVでは
「白い羊」になる。
という事です。

黒い羊になって
最後まで諦めずに踊った後に?
飛び降り?

いやいや、
どう考えても不自然です。
そもそも、最初の飛び降り後の
事件現場を見て、

てち(平手友梨奈)は、
情熱を燃やさず、救おうともがいた
のだから、飛び降り説と無限ループ説は
ここで選択肢から消えます。

欅坂46の黒い羊MV考察メンバーの思いと感想その1
欅坂46の黒い羊MV考察メンバーの思いと感想その2

メンバー菅井さんも
こう話している様に、
この曲とMV自体は、
とてもポジティブなものだと思います。

メンバーの1人がインタビューで
聞かれたので自分なりの感想を述べた。

という見方もできますが、

個人的にはてち(平手友梨奈)が
センターになる最後の曲になるのかな?
てち卒業しちゃうの?
みたいななんか、それぐらいの
全力さを感じました。
本当にそうはならないと思いますが。悲しいやろがい。

ラストシーンの「誰か落ちてきた」と「バイバイ」について

MVの終盤(5分7秒あたり)に
「誰か落ちてきた」と
微かに聴こえる場所があります。

また、

5分17秒で聴こえる
「バイバイ」という台詞。

こちらも、確かにそう
言っているようにも
聴こえますが、

先ほど解説した通り、
MVのストーリーとは
無関係だと思います。

聴こえるタイミング的にも、
不自然ですし、
このMVは、誰か特定の人が
飛び降りしたのでは無く、
情熱を失った人々を
表現するための飛び降りでした。

「誰か特定の人が飛び降りた」
のであれば、

血が花びらになっている
矛盾が生じるし、

てち(平手友梨奈)が飛び降りて
無限ループなら、
冒頭で、てちの花びらが
散っていないのも矛盾が生じます。

では、なぜあえて、
この演出を入れたのか?

監督の遊び心だと思っています。
もう充分過ぎるぐらい、
ミスリード誘った演出を
散りばめてますよね。

このMVは、監督の遊び心か、
はたまた米津玄師のフラミンゴ、
意味深メッセージ隠れまくりで
面白かったからワイ達も
何か仕掛けてやろうぜ!

っとなったのか、
不明ですが、制作側が
あのMV知らないのは
あり得ないですし。
中華の看板が出てきたりするのも
明らかに影響は受けてるはずです。

色んなシーンに隠された
ミスリード的な演出を含めても、

意図的にあえてやった演出

と考えるのが自然だと思います。

あえて、言うのであれば、

「誰か落ちてきた」と聴こえただけで、
本当は別の台詞。

てちの「バイバイ」という台詞は、
白い羊になって本音を隠す状態そのものに、
バイバイと言っている可能性もあります。

今のところ不明ですが、

みんなで盛り上がれるようにわざと
入れた。ストーリーには関係ない。

という説が濃厚だと思います。
今頃、ムフフと笑ってみんなの解説を
見ているでしょうw

という事で、以前の記事にMVの考察部分を
まるまる追記した感じですが、
楽しんで頂けたら幸いです。

MVに出てくる死神と
白い旗を持って誘導している人。

について、気になっている人も居ると
思うので、ちょっとだけ解説します。

MVに出てくる黒いフードを被った死神は、
あえて言うのであれば、

1階フロア部分は、
黒い羊になろうとしてもがき苦しむ人々の
心の葛藤や心の傷、迷い、迷宮を
表現しているシーンなので、

混沌とした状態であるべきシーンなんです。
なので、そりゃあ、死の象徴である死神も
出てくるだろうし、白い旗を持って誘導する
みたいな訳分からんやつも出てきます。

白い旗の人は、その後すぐに、
黒?赤?の旗を持った人が
追いかけて走り去るので、

こちらも混沌とした心の中の表現であって、
1つ1つのモチーフにあまり
大きな意味合いはないです。

という事で、一旦しめます。
次の項目からは、
以前書いた内容に続いてるので、
MVより歌詞の内容に言及しています笑

ビビ

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まとめ

いやぁーー考えたりまとめたり、
正直疲れたけど、ずっとずっと
曲を無限リピートしながら
この記事を書いていました。

しかし、秋元康。

たったの1文字に対して
伏線を張るところとか、

細かく分析、考察していくたびに、
その技術が恐ろしいなと感じます

色々と学べる部分ありそうですね!
とても丁寧な人なんだろうなと思います。

ここまで読んで頂きありがとうございました!
大雑把に書いてしまったので、
また新しい情報とか入り次第、
追記していこうと思います。

ビビ

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ビビ

それじゃあまたね!

73 Comments

ビビ

>>針鼠さんコメントありがとうございます!

何度聴き返しても、「僕ら」に聴こえるんですよねぇ……。
あの、白金に見えるか、青に見えるかみたいな
洋服話題になったじゃないですか。あんな感じだと思いますw

公式発表されてる歌詞でなく、
耳で聴いて書いてる歌詞になるので、
正解は公式のみぞ知るな感じですねぇ。

(´・ω・`)気になりますねぇ。

返信する
よいしょ

僕”は”は、みたいな感じで聞こえますが、そんなわけはないので僕らと言ってると僕も思いました。歌詞につられて一人称が僕になりました、失礼しました。

返信する
ビビ

>>使徒さんコメントありがとうございます!

色んな説がありますね!

僕は、黒い羊は、自分らしく自由に生きた人の象徴で
今の現代日本の空気感と照らし合わせたら
自分らしく生きる事が黒い羊になっちゃうんです。
けど、それでも自分らしく生きろよって
秋元康の熱いメッセージじゃないかなと思いました。

これまで、ものすごい熱量で
世の中にポジティブなメッセージを発信してきた
秋元康さんが、ネガティブな方向に走るのは、
個人的には少ない可能性に思えました。

真実は分からないですが……(´・ω・`)

返信する
匿名

黒い羊=自分をしっかり持っている者=MV中では平手。ビルの屋上を上がるまで平手「黒い羊」はもがいた。そして屋上の手前で決心をした。黒い羊については私も似た考察になりました。一つ疑問があり、最後屋上で平手の背後にビルの人間が集まります。あれは白い羊なのでしょうか?黒い羊なのでしょうか?

返信する
YD

凄く良い考察でした!!

正直、自分は「ら」とは聴こえない派の人間ですけど、もし本当に「ら」って言ってるなら凄く良いですよね!
今大学生なんですけど、高校の時にこの曲に出会いたかったとすごく感じました。

自分は最後の
「なら」と「では」で凄く「僕」の心情を描いてるなって思いました!

「なら」では白い羊には絶対ならないしそれを強要する大人達にも屈しないという強い意志を感じました。

でもそれと同時に「でも」で同調するのは簡単で、楽だし、いっそ白い羊になってしまっても…って思っちゃったりで、だからこそ本心は違うけど白い羊のフリをしてしまう人達の気持ちも分かる。けどもやっぱりそれじゃダメなんだ。っていう気持ちを表現してるんじゃないかと感じました。

「黒い羊」は主人公の「僕」が初めて今まで強がって隠してた弱さや、黒い羊のままの状態を怖くなってしまっている人達への優しさを見せた曲なんじゃないかと感じました。

返信する
ビビ

>>YDさんコメントありがとうございます!

「なら」の部分、確かにすごく強い意志を感じますね!
この黒い羊の曲自体、応援歌というか、
すごく優しさを感じますよね。

ほんと秋元康はすごいです……。

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

「僕は」派と、「僕ら」派がいますねw
次の方もコメントしてますが、
「ら」にしか聴こえないんですよねぇ……。

ここら辺は、もしそうでも違うくても、
楽しめる部分ですね(´・ω・`)ww

真相は歌詞発表後\(^o^)/

返信する

これで公式の歌詞に「ら」が入ってなかったらおかしい!!!と思うほどに僕らっていう風に聴こえますね!!素敵

返信する
ビビ

>>ちさんコメントありがとうございます!

ですよね!笑

もし違かったら、そういう視点もあるんだ!
って感じこの記事を読んで頂けたら
楽しめると思います\(^o^)/

返信する
ビビ

>>なつさんコメントありがとうございます!

このコメント頂いた時は、まだMVの考察
追記してない時でしたね!笑
記事に追加してるので、確認頂けたら嬉しいです\(^o^)/

返信する
匿名

MVに関して、色々な考察を読んでみましたが、はじめてとっても納得できました!この記事に出会えてよかったです。ありがとうございました(^-^)

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます。

こちらこそ楽しんで頂けて嬉しいです\(^o^)/
ありがとうございます!

返信する

誕生日のシーンの後に出て来る若い男女って写真とから判断する限り兄妹な気がするんですけど違いますかね?

返信する
ビビ

>>あさんコメントありがとうございます!

カップルの可能性もあるし、
兄妹の可能性もあると思いますが、
誕生日シーンとの兼ね合いや個別の深い設定自体は
個人的にはないと思います(´・ω・`)!

ただ、本当の正解は分からないので、
なんとも言えないではありますがw

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

あれっ!こちらで確認したら、
スマホもPCも飛べました……。
なんでだろ……( ・∇・)

返信する
みけ

解説はとてもわかりやすかったんですが、自分の仮説と合わないところをすべてミスリードってことにしちゃうのはどうなのかと思ってしまいました、、、

返信する
ビビ

>>みけさんコメントありがとうございます!

ガチで色んな角度からしっかり考察すると、
記事に書いたように、誕生日シーンの後ろの女性、
兄妹、もしくはカップルの男女、その後ろの
テーブルに座る男女、←意味があるとしたら、
あまりにも雑ですよねw

他にも、1階フロアの黒い羊の混乱部分、
映像の後ろの方をじっくりと観て欲しいのですが、

ほんの少しだけ映る人が意味ありげに動いていたり、
柱に少女が立っていたり、
まぁーー色んな要素がありますが、

意味ありげに動いてるだけで、
個別の意味は無いと思います。
もし、意味があるようなら、
教えて頂きたいです!訂正します。

フロアごとにテーマがあり、
そのテーマに合わせて個別の要素が
意味ありげに動いているだけなので。

なので、しっかり考察すればするほど、
変に意味を重ねていくより、
元々個別要素の深い意味は無い。
という結論に落ち着くと思います!

ミスリード狙いという点で
個人的にはとてもしっくり来てます。

何か新しい発見があれば、
ぜひぜひ教えてくださいm(_ _)m

返信する
欅ニワカ

メンバー自身がいろんな角度から捉えられるMVと言っているので、正解はあなたの仮説だけじゃなくて、多分たくさんあるんですよ。だからミスリードではなく違う観点から見た時のリードなのだと思います。

返信する
よいしょ

ありがとうがとうございました。読んでて鳥肌立ちまくりでした。何が面白いって様々な解釈ができるほど深い曲な事。以前のコメントで志田のこと歌ってるでしょ的な事がかいてありましたが、考え次第では卒業していったメンバーに対して白い羊だらけの社会であっても黒い羊であれっていうメッセージソングという解釈もしてしまいます。この解釈はファンである方でなければ想像し難いですが、ターゲットが絞られてる尖った楽曲や歌詞をしているのかと思いきや、このような歌詞の解釈を見ていると日本全体にメッセージを伝えているようにも取れていて、改めて秋元先生及び欅坂46のえげつない才能を痛感しました。
因みにご存知かも分かりませんが、大サビ前の屋上で平手さんが放ったセリフの部分は本人のアドリブで言ったそうで本人は、何と言ったのか覚えていないとラジオ番組にて笑いながら言っていました。笑笑 そして、2月4日の別なラジオ番組にて共に撮影したメンバーも、全員感情が爆発しすぎて何と言っていたのか聞き取れなかったというような発言をしていましたww
長文失礼いたしました。一ファンとして楽曲についてこんなに考える機会がなかったのでとても楽しめました。
ありがとうございます!

返信する
ビビ

>>よいしょさんコメントありがとうございます!

こうやって考えるのって、
楽しいですよね\(^o^)/笑

秋元康はホントヤバイです。
ほんと、ヤバイ通り越して
えげつないが気持的に近いです。

そして、

くぅうううーーー!!!!
平手さんの台詞についての考察で、
入れようかどうか迷った文章があるんです。

監督の視点に立つのであれば、
なにか特定の言葉を叫ばせるというよりも、
「アドリブで叫ばせる」

と言う方が断然面白くなるので、
アドリブの可能性が高いのでは?
けど、唇の形からこう聴こえるね!

って感じで書こうとしてたんです。
完全に後出し感ありますが、

正解やんけ〜〜〜(T_T)
書いておけばよかった……。

あの撮影は、一発で撮る性質上、
現場の音と歌詞がぴったり合うように、
みんなで動かないといけないので、

普通のMV撮影よりも、
現場の熱量というか、感情の爆発度
すごかったでしょうね……。

アドリブ演出は、あれで良かったと思います!
おもしろい監督さんですよね。

こちらこそ楽しんで頂けて光栄です!
ありがとうございます\(^o^)/

返信する
ビビ

>>きはきはさんコメントありがとうございます!

絶望フロアを通り抜けた後から、
頬が汚れているので、
黒い羊になろうとして、なれなかった。
けれども、藻掻いた結果、自分と見つめ合い、
本音と出会えた。というその

「藻掻く」という部分の
演出の一部だと思います。

頬が最初から最後までキレイなままよりは、
感情の変化が分かるので、
頬を汚すという演出は理解できます。

子供から花を受け取るシーンも、
頬がキレイなままよりは、
頬が汚れている方が「葛藤の末」という
感じもより色濃くでます。

その演出の一部だと思います。

返信する
麻璃央

ミスリードミスリードミスリード。ぼかしぼかしの曖昧な説を説明している上に、他の説は違う!間違ってる!って言い切っちゃうのすごいなあ。彼岸花ひとつとっても諸説たくさんの花言葉があるのに…ひとつの解釈として綴られてあるならこういう解釈もあるんだな、と感心したものですが、自分だってただの予想でしかないのに他の説を否定して回るのは不快でしかなかったです。細部まで見ているところとか、純粋にすごいと思いたかったですねえ。苦笑

返信する
ビビ

>>麻璃央さんコメントありがとうございます。

他の説は違う!間違ってる!!
と言った覚えはないですが、
そう受け取られそうな文言が確かに
あったので、修正しました。

あくまでも個人的な考察であって、
「我の見方こそが!100%の真実だ!!ガハハ」

なんて思ってはいませんよ……(´・ω・`)

ミスリードと言ってるのは、
しっかり考察すれば、やはりどう見ても
ミスリードと考えるのが自然だと思います
※あくまでも個人的な見解ですが

ミスリードを覆すのであれば、
少なくとも、

誕生シーンの後の女性、若い男女、
その次1秒ほど出てくるテーブル席の男女

などの意味も矛盾なく証明しないといけませんが、
ちょっとムリがあるかと……。
(他にも様々な要素がありすぎます)

ミスリード説が不満であれば、
嫌味とかでは無く、背景の細かい部分を
納得できる形で教えて欲しいです。

ワイも適当に書いてる訳ではなく、
ガチで何時間も動画見返して
ウンウン唸りながら書いた考察なので、
言い切っちゃう形になる所はありました。
そこら辺はご愛嬌という事で、
よろしゅうございます_(:3 」∠)_

他の説を否定して回るつもりは無いですが、
こちらも思わず「いやいや、それは違うっしょ」
って言ってしまった部分があるので、
こちらも修正してます。

このコメント欄で色んな説が
他にも来ると思いますが、
あくまでも自分はこう思うよ!
というスタンスを忘れずいようと思います。

というか、正解は本家しか分からないので
自分はこう思う!としか言えないですねw
ただ、矛盾だらけの説が来た場合は、
自分なりの視点ですが、それは矛盾じゃない?
ぐらいは書こうとは思います。

そして、麻璃央さんのそういった
コメント感謝です。
勘違いさせてしまった部分は
改善できるようにしていきます!

遊びに来てくれて
ありがとうございます\(^o^)/

返信する
サンマイ

細かく考察されており、感心しながら読ませていただきました。
そのうえで、私の考察を書かせていただきます。
まず、主人公は自ら命を絶っていてその魂が、同じく自ら最期に向かっている人々を救済するストーリーだと考えます。
屋上のシーンですが、地面に引かれた線(黒と白が混じった色)を境に、主人公(せい)とその他(し)に分かれます。
生と死が逆とも考えましたが、構図で考えると屋上の入り口からより離れた場所が命の終わりに近いはずなので、こちらのほうがしっくりきました。​
主人公は、傷ついた者たちの痛み苦しみや、傷つける者たちの悪意憎悪または生きることの辛さを一身に抱えてもがき苦しみながらも、
生きろと必死に訴えているように思えます。最後、覚悟を決めた表情で歩き出しますが、力尽きて終わる。
雄々しさから一変して切なく儚いものになる表情変化の妙に、ただただ感嘆しました。
立ち止まっていた人々は主人公の歩みを見て、自らも境界線を踏み越えて歩み始めています。
以上はMVの映像のみ(無音)の情報でストーリーがどういうものだったのかを考えたものです。​
そうした上で、曲の歌詞と映像を照らし合わせ、様々なメッセージを拾っていくと混乱しづらいかもしれません。​
たとえば、屋上の生と死の境界線は、自分らしく生きる者(黒い羊)と自分をコロして生きてる者(白い羊あるいは白い羊のふりをするもの)と考えるとしっくりきます。
自分らしく生きろというメッセージだと私は思います。​それ以外にも、
のけ者厄介者とされているメンバー達(これも黒い羊)に自分を重ねた人にとって、
主人公は自分を肯定してくれる抱きしめてくれる存在であり、救いなのだと考えていただけるとよいですね。
見方によって意味が変わるように意図的につくられていると思うので、
ビビさんの見方は正解だと思います。そして、主人公が既にこの世に居ないというものも正解だと思います。本当に奥行きのある作品だと思います。
因みに私は、屋上でメンバーとのダンスが終わった後に出てくる4人は実親 養親だと考えています。
私なりの根拠があるのですが、さらに長文になってしまうので、一旦ここで終わらせていただきます。
長文失礼いたしました。

返信する
サンマイ

度々、すみません。
前回、書きそびれてしまったこの物語のカギでもある彼岸花の意味について私の考えを書かせていただきます。
この物語において彼岸花は、あの世の象徴であり、救い(愛)の象徴であると私は考えます。
これは、主人公が、既にあの世に居ることを表すと同時に救済者であることを表しています。
まず、冒頭の事件現場の周り一面にまかれた彼岸花の花びらは血を表しており、
「あの世」のメタファーです。そのあとのカメラアングルを見てもらうと、
まず手に持った彼岸花を映してからそれを持った主人公が写り、歩き始めます。明らかに意図的な演出です。
これで自ら命を絶った人間が主人公であることを教えてくれています。
次に、彼岸花があの世の象徴であり、救い(愛)の象徴であることを効果的に感じるシーンを書いていきます。
まず、1Fで小林さんが演じる学生を主人公が抱きしめるシーンです。
この場面で、学生は主人公の救いの手を払って持っていた花を無理やり奪います。
この行動で彼女はあの世へ行きたがっていることがわかります。
この場面での花はあの世の象徴です。ここの「あの世」の意味をさらにお置き換えると
白い羊(自分を押し殺して生きる)となります。
次に、2Fの「全部僕のせいだ」の歌詞の場面で、主人公は1度花を失っています。
ここでの花は救い(愛)です。花を失った主人公には誰も救うことができません。
その後、幼いころの自分から再び花を受け取る。(愛を思い出す)
そして、屋上です。男性(養父)に乱暴されて、花を落としてしまい、
女性(養母)がそれを拾い上げて渡す。この花は勿論救い(愛)なので、
養父から暴力を受けて愛を失いかけた主人公が養母の愛で救われるというシーンをテクニカルな演出で見せてくれています。
以上が、私の考察です。

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ビビ

皆さんコメントありがとうございます!

必ず目を通して少しずつ返信します!
亡くなる事に関する文言は、
何かとNGらしいので、
あの世などの文言に変更してます!

返信までしばしお待ちください\(^o^)/

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サンマイ

ビビさん
文言の修正等ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。
これから、主人公の親についての私の考察を書いていこうと思いますが、長くなってしまうのでいくつかのポイントに分けていこうと思います。長々と申し訳ないのですが、お付き合いいただければ幸いです。
今回は、意見の割れている誕生日のシーンについて書いていきます。
誕生日のシーンに出てくる3人は、主人公の子供時代(同じ服装をしているので比較的わかりやすい)と母(養母)と父(養父)です。問題はそのあとですね。この後、不幸に見える人々が映ります。幸と不幸がわかりやすく映るシーンですね。ここに出てくる人々はビビさんのおっしゃる通り、直接ストーリーには関わってきません。例えば、若い男女が主人公とかかわりがあるのならば、カメラは彼らの表情を映しながら通り過ぎるはずです。しかし、していません。ここで注目すべきなのは、写真です。カメラの動きを見ると、作り手側の「ここに注目してくれ!」という意思がしっかりと読み取れます。写真に写っているのは、若い女性と幼子です。この幼子は主人公の過去です。先ほど誕生日の時に映った時よりも更に過去です。写真を見る限り、本当に子役の子本人の小さい頃の写真を使ってるっぽいですね。ここから、この写真に写る女性が主人公の実母だということを見て取ることができます。そして、カメラが再び主人公に戻ってくる瞬間を見ると、主人公が写真に目をやっていることがわかります。ここでも、写真が主人公と関わりのあるものだということが良くわかると思います。
以上が、誕生日シーンの私の考察です。

返信する
サンマイ

次に、親子関係をまとめさせていただきます。
養母:誕生日を祝っていた女性=屋上で花を拾い上げる女性
養父:誕生日を祝っていた男性=屋上で主人公を引きずり回した男性
実母:写真に幼子と一緒に写っていた女性=屋上で主人公が一度拒絶を示したがそれでも抱きしめた女性
実父:実母の前に主人公を抱き上げた男性(確証はない)
次に屋上シーンの流れ
1 実父に抱き上げられる:抱き上げる場面が高い高いを連想させる。赤子の頃に亡くなったか離婚して離れた為主人公の反応は実母に比べて淡白。
2 実母と会い、抱擁を求められるも主人公は拒絶してしまう。作中で主人公が拒絶を示したのは彼女のみ。が、感情を爆発させた後しっかりと抱き合う。どういった事情で主人公を手放したのかは分からないが、抱きしめ終えて主人公が去っていく際の、名残惜しそうに伸ばした手が印象的。
3 酔っぱらった養父に主人公が引きずり回された後、強く突き放される。おそらく酒乱で、家庭内暴力が行われていたことを連想させる。突き放し方をみても愛情は感じられない。
4 養母は投げ出された花を拾い上げ、それを主人公に渡して強く抱きしめあう。養父の暴力から守ってあげられなかった後悔の念があったのだろうか。
実母と実父はなぜあんなに若いのか、そもそも実父が死んでいたとするならばなぜそこにいるんだ、という疑問を感じる方もいると思いますが、これは主人公の中にある親のイメージなので、別れた時のまま年齢が止まっているのは、自然だと考えます。虚実入り混じった世界観なので混乱しやすいですね。
ここで、親達4人とも前シーンにでてた問題について書いていきます。
私は、単純にエキストラの使い回しだと考えます。屋上シーン以外ははっきりと顔を映していませんし。じゃあ、なんで養親は誕生日の時の二人を使わなかったのか。
養親に関しては実親とは違い、主人公と共に齢を重ねていなければおかしいので、別人を使ったのだと考えます。ワンカット長回しなので、老けメイクをする時間もないでしょうし。
以上が、親子関係に関する私の考察です。

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長濱ねるは性格悪そうだけど可愛いからゆるす

メンバーがいろんな観点から見られるmvと言っているので、主さんの考察も合っているとは思いますが、ミスリードとおっしゃっている部分は他の観点から見てのしっかりとしたリードだと思います。
説はこれ一つのような書き方はあまりよく思えないです。

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うー!わおわおw

最初の事件現場のシーン
あれはてちが飛び降りたのではないか?
幽霊?となったてちが他の絶望してあの世へ向かおうとしているのを止める・・ように見える。
屋上でてちが叫ぶシーン
(死ぬのは)僕だけでいい!と叫んでいるように思います。
MVのところどころで天使?死神?らしき人物がいるのも納得できないでしょうか?
そして手にしている彼岸花

返信する
はるひな

解説、ありがとうございます。
欅坂は遠くから応援している感じで、
曲やMVをじっくり楽しむことはしていませんが、
何となく気になったので『黒い羊』の解説を探していました。

読んでからMVを観ると、
「確かにそうかも」と思う箇所が多々ありました。
まだまだ腑に落ちていないとこもあります。
MVも歌詞も、色々な仕掛けがあって面白いですね。

最後、わたしも「僕ら」と聴こえました。
歌詞公開が楽しみですね!

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名無しの欅オタ(みいちゃんべりか推し)

「髪の毛を染めろという大人は何が気に入らない」ですよ。
髪の毛は、ではなくを、でしょう。

この歌詞を見て気づいたのが
欅坂46のメンバーで卒業した3人の内2人の志田愛佳、米谷奈々未は金髪やら茶髪で染めています。
髪の毛を染めて自撮りをした際に「黒がよかった」「黒の方がいい」という意見も多かったんですよね。
米谷奈々未に至っては茶髪似合ってないという人も….
個人的に黒い羊というのは欅坂46自体のことではないでしょうか。
アイドルアイドルした様な楽曲もない(カップリングを除いて)、他のアイドルは基本茶髪黒髪なのに、欅坂46は金髪、バーガンディブラウン、茶髪など…
1番納得できるのは小林由依がPVで虐められてる少女を演じていて、他のアイドルグループに下へ下げられたり、欅坂46はグループ内でいじめがあるという噂が作られたり(実際はそうでも無い)…
小林由依=欅坂46で虐めている少女が=他のアイドルグループ、批判する人だと私は勝手に思っています。

返信する
匿名

最後の部分、不幸になったり、標的になったりするのは自分だけで十分だ。という意味だと思いました。
白い羊側の人間は、何か理由をつけて黒い羊を見つけ、犠牲にするということだと思いました。

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名無しの欅オタ(みいちゃんべりか推し)

なるほどですね〜
欅坂は何かと考察ができて楽しいです。(笑)

返信ありがとうございます!
そういう見方もできますね。
勉強になります。

返信する
ユインシュタイン

コメント欄、すべて読ませて頂きましたが、みけさん、欅ニワカさん、麻璃央さん、などと同じように、僕も「ミスリード」という言葉が引っかかりましたので、今更ですがコメントさせて頂きます。

>記事に書いたように、誕生日シーンの後ろの女性、
>兄妹、もしくはカップルの男女、その後ろの
>テーブルに座る男女、←意味があるとしたら、
>あまりにも雑ですよねw

>まぁーー色んな要素がありますが、
>意味ありげに動いてるだけで、
>個別の意味は無いです。

色んな要素があるのに、それらの要素について、人それぞれが個別に重要な意味を感じてはいけませんか?
人はみな、違った環境で育ち、違った経験をして生きてますから、ビビさんが何とも思わないような要素であっても、他の人にとっては何か重要な意味があるとしか思えない要素などもあるのではないでしょうか?
なんで、ビビさんの考察や結論とは違う解釈をしたら「ミスリード」と言われなければいけないんですかね?

♪ 誰かがためいきをついた ♪
♪ そうそれが本当の声だろう ♪

♪ 全員が納得するそんな ♪
♪ 答えなんかあるものか ♪

♪ 白い羊のフリをするものよ ♪
♪ 黒い羊を見つけ指をさして笑うのか ♪

>他の説は違う!間違ってる!!
>と言った覚えはないですが、

だったら大前提として「ミスリード」という言葉の意味を解説してくれませんか?
多くの人が「ミスリード」という言葉に引っかかるのは、「ミスリード」という言葉こそが違う意見の否定であり、都合の悪い意見(いわゆる黒い羊)を排除するニュアンスがあるからではないでしょうか?
ビビさんは「ミスリード説」を「自分の意見」だと考えておられるようで・・・

>俺は白い羊にはなりたくねぇんだよ!!
>勘弁してくれ!!!

記事の中でも、このように熱弁しておられますが・・・
「他人の考察や結論はミスである」つまり「自分とは違う意見は誤りである。違う解釈をしてはならない。」
そういうのって「自分の意見」になるんでしょうかね?
他人の解釈を否定して、自分の解釈の枠の中に全員を収めてしまいたいという狙いがあるんじゃないですか?
そんなふうに、受け取られかねない状況になってるんじゃないですかね?
それについて、ビビさんは「他人の解釈を否定する意味はない」と説明しておられますが、それにも関わらず「ミスリード」という言葉を使い続ける事に執着し続けておられるので、なんだか矛盾しているなぁと感じます。
ミスリードという言葉が使われている時点で、ビビさんの事を「黒い羊のフリをしている白い羊」だと思ってる人も多いんじゃないですかね?
ミスリード、ミスリードなどと繰り返しておいて、実は最もミスリードを誘っているのは、アナタではないですか?
ちょっと言い方がキツイかも知れませんが、そんなふうに思ってる人たちもいるんじゃないかなぁ?という気がします。

>というか、正解は本家しか分からないので
>自分はこう思う!としか言えないですねw

ビビさんの考え方ですから、どのように考えてもらっても全く構わないのですが、僕の個人的な意見としては「正解は本家にも分からない」と思ったりもします。
こんな事を言えば「正解が分からないのなら、彼らは一体、何を表現しようとしているんだ?」みたいな話になってしまうかも知れませんが、それこそが彼らの狙いなのではないかな?と思ったりもします。
全員が納得する1つの答えなんてないけれど、人それぞれが自分なりに解釈すれば、そこに本当の答えがあるのかなと・・・
不協和音の歌詞の中でも・・・

♪ みんな揃って同じ意見だけではおかしいだろう ♪

って言ってますからね。
逆に言えば、自分が納得できる結論に辿り着いた瞬間、それ以外の解釈を「誤っているもの」「してはならないもの」(ミスリード)などと主張する人の事を「白い羊」だと言ってるんじゃないか?と思ったりもします。

例えば「ルビンの壷」の絵って、ご存知でしょうか?
あの絵は、壷の絵のようにも見えるし、2人の人間の顔が向かい合っているようにも見えます。
そこで誰かが「これは壷の絵だ!」「2人の人間の顔が向かい合っているなんて、そんなのはミスリードだ!」と言いました。
他の誰かは「これは2人の人間の顔が向かい合っている絵だ!」「壷の絵に見えるなんて、そんなのはミスリードだ!」と言いました。
この場合、誰の解釈が最も正しいのか?という結論を決めてしまおうとする事自体が不自然であって「壷の絵のようにも見えるし、2人の人間の顔が向かい合っているようにも見える」という結論に辿り着くのが自然ではないでしょうか?

上記の「ルビンの壷」の例と同様に、今回の「黒い羊」についても作者がミスリードを誘っているというよりは「あえて意見がバラバラになるように(虹色の解釈ができるように)意図的に作られている」という事ではないかと思ったりもします。
繰り返しになりますが・・・

♪ 全員が納得するそんな ♪
♪ 答えなんかあるものか ♪

歌詞の中で、この部分が2回も強調されているのは、誰かが主張する1つの見解に偏ってしまわないようにしたい!という意図があるからではないか?というふうに感じます。
そういう意図で作られた作品だと思うからこそ「正解は本家にも分からない」と言いましたが、これは僕の個人的な意見にすぎないので「正解は本家にも分からない」という意見についても、ビビさんが「そんなのはミスリードだ!」とおっしゃるのであれば、僕は否定するつもりはないし、そのままで構わないとも思います。
ただ、僕には僕なりの言いたい事があるし、ビビさんにはビビさんなりの色んな事情があるという事なのだろうと思います。

最後に、ミスリードと主張されている部分を除けば、細かい所まで観察されていて、とても面白い内容の記事だなと素直に感心しながら読ませて頂きました。
「ミスリード説」に反論している人たちは、ビビさんの意見を否定したい!などと思っているわけではないと思いますよ。
ただ「他人の意見を否定しないでくれ!」「ミスリードだと決めつけられたら僕は嫌だ!」みたいな意味で書いてるんだと思います。

返信する
ビビ

ちょっと色々バタバタしてて、
他の方への返信が後になって申し訳ないです!

先にユインシュタインさんのコメントへ返信します

色々と意見はあると思いますが、
僕は何もみんなの意見を否定していませんよ!
ただ、頂いた意見の中に矛盾点があるので、
その矛盾点についてはどう考えますか?
ミスリード説が嫌なのであれば、
それが覆る具体的な内容を
教えてください!

と投げかけているだけです。
これって否定では無いですよね?

感情論では無く、
具体的に矛盾が無い様に考察してこそ、
考察記事だと思うので……。

逆に矛盾ありまくりで、
適当にどこかからコピペした記事で
「考察記事いかがでしたか?」
みたいに終わる記事
あちこちで見かけますが、
そんな記事読んでて楽しいですかね……。

自分は楽しいとは思わないので、
こうやって色んな意見を交換し合える
方がよっぽど意味のある
記事になったのかなと思います。

ミスリードという言葉を使うのは、
「僕が考えた意見が大正解!!」
と言う為ではなく、ただ単に、
文字も短くて意味的にも、
使いやすいからです。

ユインシュタインさんが、
言っている様に

>作者がミスリードを誘っているというよりは
>あえて意見がバラバラになるように
>(虹色の解釈ができるように)
>意図的に作られている
>という事ではないか

と書いている内容と同じ様な意味合いですよ!
ただ、作る上で監督の意図の様なものは
あるはずなので、その意図を読むと、

みんなそれぞれバラバラに解釈できるように
あえて色んな要素置いてるよね。
だから、個別のストーリーに絶対的な意味はなく、
あくまでも意図を読むのであれば、
全体を俯瞰してみる事が大事だよね。

って言ってるに過ぎないです。

ただ、色々な方の意見を見かけて思うのは、
個別の要素に深い意味を見出して、
それを正解だと言ってしまっている人が多いので、

「個別の要素が重要ではなくて、
1フロアごとに俯瞰してみるのが
意味をハッキリさせるには重要だよね」

っと言っています。

個別の要素に意味があるのであれば、

1階フロアで殴られている人や、
風呂でリストカットしている少女のシーンなど、
全ての意味を掘り起こして、
一つに繋げないといけませんよね?

じゃあ、それらを繋げた結果、
どのようなストーリーが導き出せたの??

っと聞いてみても、

返答なしか、
曖昧な回答しかないのです。

人それぞれバラバラ解釈できる様に
「あえて入れている」←この部分をミスリードと表現している。
ので、やっぱ個別の要素に
意味ってないのでは?そういう風に見るのが、
監督の意図に近いのでは?

って言ってる感じですね!

カメラが集中して映し出す場面や、
印象に残る人物を切り取ってみても、
あまりにも要素が多く、
全ての個別要素から意味を見出すには、
ちょっと無理があるかなと
個人的には思います。

決して否定していません。
個別の要素に意味がある!!
というのであれば、感情論ではなく、

この個別の要素には、
このような意味があり、
全ての個別要素が
この様につながって、
このような意味を表現しています。

っと言うべきでは?
今のところ、以下の様な流れです。

ーー

★ワイ「死ぬほど考察しまくった結果、こうだと思うで!!」
★回答者「なんで正解だと決めつけるの?」
★ワイ「他に案があるなら教えてくれ!!」
★回答者A「………。」
★回答者B「個別の要素には意味があるよ!こことここ見て!」
★ワイ「そうかなぁ、個別要素意味あるなら、
他のシーンも意味あるはずだよね。そこの意味が
どうつながるのか教えてくれ!」
★回答者B「……。」
★回答者C「自分の考えが絶対正解なんて意味分からん酷い」
★ワイ「そう聴こえたところあったら、ごめんな。そうじゃないで。
分からんところ教えてな」
★回答者C「……。」
★回答者D「ここの意味がこうつながるやんけ!」
★ワイ「おっ!そうか?ちょっと見てみるわ!
ごめん、まだバタバタしててコメント返せないわ」←今このあたり

ーー

誰も個別要素全てを回答してる人が居ない( •̀⌄•̥́ )
という感じです。

ミスリードの言葉の使い方も、
とくに変でも無いと思いますよ〜

一般的に「それぞれの要素に意味があるはずだ」と
見る人の方が大半なので、
それを、あえて個別の意味ではなく、
全体の意味として意図を設定する事で、
誤った方向(別の解釈)へ導こうとしていると
僕は解釈した訳なので、
ミスリードの言葉の意味通りでも
とくに問題ないかと。

あと、

監督の意図を考察していくにあたっては、
ユインシュタインさんの言う通り、
「あえて全てが正解(虹色の解釈)になるように作った」
という解釈も在り得るとは思います。

ただ、自分としては

「見た人それぞれが出す解釈が全て正解」

だったとしても、

監督の意図をしっかり読み取りたいと
思うんです。

受け手は人それぞれだとしても、
発信者は1人な訳なので、
そこには、必ず発信者の意図があります。

例えば監督が

「意味なんてないで?」

って言ったとしても、

じゃあどうして、花をもたせたんですか?

って聞いたら、

「こうすれば、こう解釈してもらえるかなと思って」
「こうすれば、意味ありげに思ってもらえるかなと思って」

とか、まぁ、色々な事を答えると思うんですが、
その答えには意図がありますよね。
意味がないと答えても、意味がない中の意図はあります。

なので、

「人それぞれみんなの解釈が正解だよね〜」

は確かにそうだけど、
そこを軸にはしていないんです。

「人それぞれみんなの解釈が正解だよね〜」

というのであれば、
そもそもこの考察記事も
「人それぞれ」の一行で終わります。

決してそれを軸にはしていません。

監督が意味ないと言ったとしても、
意味がないと言った監督のフィルターを
通して表現された意味のないの中にある
意図を知りたくないですか?

そこを自分なりに挑戦してる感じです。

ルビンの壺のお話が出てきましたが、
その話で言うと、

ルビンの壺を作った側の意図を知りたいんですよ。

Aの人「壺に見える」
Bの人「顔に見える」

このどちらでも解釈できる絵に、
どちらが正しいのか結論決めるのが不自然

とユインシュタインさんは話している訳ですが、
違うんです。

そこには、Aの人、Bの人以外に、
ルビンの壺を作った作者が存在してるわけです。

★Aの人「壺に見える」
★Bの人「顔に見える」
★作者「どちらにも見える絵を作ったで」←ここの意図が知りたい

どちらにも見える絵を、
どうして作ったのか?
どのように作ったのか?

そういう問いです。

今回はルビンの壺が、
ミュージックビデオなんです。
色んな要素があり、ストーリーもあります。

だからこそ、

なぜこのシーンでこうしたのか?

という感じで分解していけるんです。

作者の答えは「人それぞれ」ではなく、
作者独自の答えになります。
その1つの答えを考察していこう

という感じです。

返信する
サンマイ

おっしゃっていること、よくわかります。
ストーリーの道筋は1本だと私も思います。
人それぞれなのは、それをどう解釈するかということだと思います。

返信する
サンマイ

ビビさんの考えるミスリード説への私の考えを書きます。
まず、エンターテイメントでミスリードという演出を行う理由ですが、まさかと思わせる演出によって視聴者の心を揺さぶり、作品をより一層印象深くすることだと考えます。
親だと思わせていた人物が実は全く関係ない人でしたというのが、作り手の意図した演出だとした場合、私からすると大失敗だろと思ってしまいます。なぜなら驚きもないし、今までの伏線を全部無駄にしてしまって物語の質も下がってしまっているからです。これが逆で、なんでもないと思わせていた人が、実は主人公とつながりのある人物だったとするとミスリードの意味はしっかり感じられますが。
もし、屋上で踊った人物が主人公と関係のない人物だとするならば、作り手からすると最初から親子に見える演出などはなく、視聴者が勝手に自分の意図していない解釈をしたと考えるほうが自然です。
あともう一つ、私が前に実母だと書いた人物と主人公の屋上でのやり取りが、赤の他人だと考えた場合、どうしても説明が付かないのです。そこに関してビビさんから納得のいく説明があると嬉しいです。
登場人物すべてが、主人公と関わりがあるとは全く考えてません。それぞれ不幸のシンボルであったり設定はあるとは思いますが。ただのシンボルだと思わせているエキストラの中に主人公とゆかりのある人物が混じっていたので視聴者はより混乱したのだと思います。

返信する
ビビ

>>サンマイさんコメントありがとうございます!

また、長らくお待たせして申し訳ないです。
サンマイさんの丁寧な考察、
返信するには、しっかりと時間をかけて
こちらも読んで返信しようと思っていました。

遅くなって申し訳ない!!

今しっかりと全文読みました。
とてもおもしろい考察を頂き、
先に感謝を言いたいです。
ありがとうございますm(_ _)m

まず、先にこのコメントより前に頂いていた
投稿の返信も含めてコメントしていきます。

僕も最初はサンマイさんと近い形で
読み解いていきました。

サンマイさんの言う魂の救済、
というのも、方向性としては、
僕の「黒い羊になろうと葛藤してる
人をどうにか助けたい」と思っている
方向性と似ているものがあると思います。
きっとその解釈がどうであれ、
てち(平手友梨奈)が何らかの方法で
黒い羊を救おうとしている点は、
間違いないと思います。

どうして僕がてちが
あの世に行っていないと
思ったかと言うと、

記事中にも書いていますが、
アリアドネという名前には、
「尊くて汚れのない清らかな娘」
という意味が込められています。

そのアリアドネが
迷宮を通り抜けさせてあげた
という話をあえて、
看板に名前として盛り込んでる点を見ても、

ネガティブなメッセージでは無いと解釈しました。
一般的に自ら命を絶つという事は、
尊くて汚れのないイメージとは正反対にあるので。

それと、

これだけ主人公が、「諦めない」、
「最後まで手を差し伸べる」という
演出を強調しているのに、

最初からその主人公が
あの世に行っているのであれば、
それこそ、救いがない話なので、
元も子もなくなってしまいます。

情熱がなくなったからこそ、
自ら命を絶つ選択をしているのに、
なぜか、
情熱や愛情とも読み取れる
花が枯れていない点もそうです。

てち(平手友梨奈)が亡くなった説だと、
どうしても、矛盾というか、
ズレが生じてくるなと思いました。

なので、僕の考察では

冒頭の事件現場の亡くなった人は、
1人に絞らず、
本音で生きられない人々全般を
指す解釈をしました。

ーーーー

次に、サンマイさんから頂いた
以下の内容を自分なりに返答していきます。

>まず、1Fで小林さんが演じる学生を主人公が抱きしめるシーンです。
>この場面で、学生は主人公の救いの手を払って持っていた花を無理やり奪いま>す。
>この行動で彼女はあの世へ行きたがっていることがわかります。
>この場面での花はあの世の象徴です。ここの「あの世」の意味をさらにお置き
>換えると
>白い羊(自分を押し殺して生きる)となります。
〜〜中略〜〜
>主人公が養母の愛で救われるというシーンをテクニカルな演出で見せてくれて>います。

これらの象徴的なポイントですが、
これも、最初は同じ様に見ていました。
しかし、どうしても、以下の演出に
矛盾が出てくるんです。

★1階フロアの老人が病室ベッドで寝ているシーンーー
→このポイントも印象に残るポイントです。
このベッドを起点に抱擁したりの演出が始まるのですが、
どの方向から見ても、このベッドの演出に
大きな意味があるとは思えません。
目立つポイントを抽出して、
考察するのであれば、他の抱擁シーンとは別に
このシーンもしっかりと考察するべきだと思います。
僕個人的な視点からすると、
やっぱり個別要素に意味はなく、フロア全体で
見るのが自然だと思います。
アリアドネまでわざわざ監督が配置しているので。

★アリアドネの看板部分で、てちの抱擁を拒絶する女性ーー
→他の抱擁に意味があるとすれば、
この女性の拒絶も同じく意味があるべきです。
なぜなら、他の抱擁する女性達と同列で
扱われているので。

★次に抱擁する女性はしっかりと受け止めますーー
→この女性もほぼ同列に扱われています。
(過度に強調されたりしていないという点)
しかし、なぜしっかりと受け止めたのか。
この点を考察していくと、個々の解釈が
大きくズレるポイントであるので、
やはり1階フロアは全体で捉えるのが
的確かなと思います。

★バスタブの中で手首を切ったっぽい女性ーー
→彼岸花の受け渡しをキーポイントとするので
あれば、先程の女性もこの女性も、
特に彼岸花を渡されていません。
彼岸花があの世の象徴であるのであれば、
この明確にあの世へ行きたいという意志がある、
女性こそ、花を渡すべきなので、

やはり、彼岸花はあの世というネガティブなものでなく、
情熱や愛情などの側面をもたせていると
解釈していいと思います。
違う花でもいいのに、なぜあえて、
彼岸花を選んでいるのか?という点が、
僕が言うミスリードの部分です。
監督の遊び心ですね。

(MVの流れ通りにコメントした方が
イメージしやすいので、屋上シーンは一旦置いておき、
MVの流れ通りにコメントします!)

★誕生日のシーンーーーー

>ここで注目すべきなのは、写真です。カメラの動きを見ると、作り手側の>「ここに注目してくれ!」という意思がしっかりと読み取れます。写真に写>っているのは、若い女性と幼子です。この幼子は主人公の過去です。先ほど>誕生日の時に映った時よりも更に過去です。写真を見る限り、本当に子役の>子本人の小さい頃の写真を使ってるっぽいですね。ここから、この写真に写>る女性が主人公の実母だということを見て取ることができます。

このシーンは、ごめんなさい。
記事中に書いておけばよかったですね。
この解釈で間違いないと思います。
ただ、サンマイさんの解釈は、
ざっくり言うと、「この写真に写る女性が、
主人公の本当の実母で、その実母が屋上シーンに居る。
しかし、エキストラ不足により
通路の女性を実母として、屋上に配置している。」

というお話だったと思いますが、

僕はこのフロアを
絶望フロアと考察したのは、
この写真も決め手だったんです。

このフロアではほぼ全員が絶望を演じています。
けど、この誕生日のところだけ、
ポッカリと幸福なシーンを演じている。
なんか、、おかしいな……。

と思った時に、この写真の中に写る
母親が実母だと気付いた時に、

あっそうか、この子供は
誕生日会で喜んでいる様に見えて、
実は寂しかったり、絶望を感じているから、
このフロアに配置してるんだ。

と気付いたんです。

だから、絶望フロアと言っています。

そういった細かい演出で、
わざわざ絶望シーンなのに、
誕生日(幸福)の演出をしているところを見ても、

監督、、、あえて狙ってるなぁww

と思ったんです。

これもミスリードと言った理由です。
いたるところに、
本当はAに見えるのに、実はBでしたー!
という要素が、
絶対わざとでしょw
ってぐらい入ってるんです。
ミスリードと言わざるを得ないです。

★屋上シーンーーー

なので、屋上の義母義父だと
解釈しているシーンも、

必然的に

・エキストラがそもそも違う
・彼岸花はあの世ではない

という点やこれまでの解説からみても、
義母、義父では無い可能性が非常に高いです。
屋上のシーンでは、義母、義父に見える
シーン以外にも、

その少し前に、
女性に対して激しいアクションで
抱擁するシーンも、
象徴的だと思いますが、
そもそも義母、義父じゃないとなると、
やはり一人一人全ての要素に
意味はなく、

全体を俯瞰してこそ、意味がある
ストーリーなんだなと思います。
(誕生日の絶望フロア然り)

★ミスリードについてーーー

>エンターテイメントでミスリードという演出を行う理由ですが、まさかと思>わせる演出によって視聴者の心を揺さぶり、作品をより一層印象深くするこ>とだと考えます。
>親だと思わせていた人物が実は全く関係ない人でしたというのが、作り手の>意図した演出だとした場合、私からすると大失敗だろと思ってしまいます。>なぜなら驚きもないし、今までの伏線を全部無駄にしてしまって物語の質も>下がってしまっているからです。

この件ですが、

ミスリードで成功した例が既にあります。
それが、米津玄師さんのフラミンゴです。
あえて、複雑な要素を入れて
推理推測させる事で、
SNSでとても盛り上がり、このMV面白い!
となって、拡散されました。

今回の黒い羊での、盛り盛りなミスリードは、
このSNSでの拡散などを見込んで、
あえて狙っているからこそ、
そういう演出にしていると思います。

だからこそ、個人的に、
ちょっと今回、盛り過ぎでは?w
と思ったんですw

これも、正解は本家しか分かりませんが、

彼岸花が実はあの世の象徴じゃありませんでしたー
誕生日のシーンは実は絶望なんでしたー
1階フロアは個別要素ではなく、アリアドネの
話同様にそれぞれの混乱を表現して
全体を俯瞰するシーンでしたー

って、どれもこれも、
本当はAに見えるけど、Bでした。
というミスリードですよね。

※本当はと書いてますが、正解は本家しか
分からんので、あくまでも個人的な解釈になります。

なので、

この監督、あえて間違った解釈をさせて、
みんなが考察してるの見て
絶対ニヤニヤ楽しんでるだろうなw

っと思って、

そういう感じで記事でも書いてます。
という感じです。

こうやって、一つ一つの要素を組み立てていけば、
やはり個人的にはこの記事の考察につながると
思っています!

他に何かあれば、いつでもコメント下さい。
ちょっと遅くなる時もあると思いますが、
必ず返信します。
゚+(人・∀・*)+。

ユインシュタイン

ビビさん、ご返答ありがとうございました。

僕は別に、ミスリードという言葉を使うのが悪い事だとか、間違っているとか言ってるわけじゃないんです。
ただ、ミスリードという言葉を使う以上は、大きなリスクが発生してしまいかねない状況になってますが、その事には気づいておられますか?
という疑問を感じてしまったので、色々と書かせて頂きました。
もし本当に、他人の意見を否定するつもりはなく、自分の意見だけが正しいと主張したいわけでもないのであれば、そのような誤解をされるリスクが大幅に上昇してしまう「ミスリード」という言葉を、あえて使う必要性って、いったい何なんだろう?と思ってしまいます。
「ミス」という言葉には「誤りである。してはならない。」といった断言や命令の意味が含まれてくるので、「他の解釈」などと言いかえるだけでも表現が柔らかくなりますし、意味も十分に伝わるのではないでしょうか?
他人の意見を否定していない、自分の意見だけが正解だと言いたいわけじゃない、その気持ちが本当なら、これだけ不快な思いをしている読み手の方が沢山おられるわけですから、ミスリードという言葉を控えるほうが賢明な判断ではなかろうか?というのが僕の素直な感想です。

♪ 誰かがためいきをついた ♪
♪ そうそれが本当の声だろう ♪

・・・とはいえ、これは「僕の意見に従え!」などと命令しているわけではありません(念のため)
ただ、僕から見ると、なんだか変だなぁと思ってしまったので、その感想を素直に書いただけの事です。
そんなふうに思うヤツもいるのか・・・くらいに思って頂ければと思います。

>ただ、色々な方の意見を見かけて思うのは、
>個別の要素に深い意味を見出して、
>それを正解だと言ってしまっている人が多いので、

>一般的に「それぞれの要素に意味があるはずだ」と
>見る人の方が大半なので、

誰の意見を見て上記のように思われたのか知りませんが、そんなふうに個別の要素に意味を見出してる人たちは「自分の意見こそが正解だ!だから他人の意見は間違ってる!」みたいな説明までしていたのでしょうか?
それとも、他人の意見については否定せずに、ただ単に個人的な意見として、感情論みたいな感じで、自分の言いたい事を言ってるだけでしたか?
僕から見れば、感情論みたいな感じで自分の言いたい事を言ってるだけの人のほうが「黒い羊」に見えますけどね。
逆に言えば、感情論を否定したり「この要素には意味がない!あの要素には意味がない!」みたいな事を言い切ってしまう人のほうが「白い羊」に見えてしまいます。

>個別の要素に意味がある!!
>というのであれば、感情論ではなく、
>この個別の要素には、
>このような意味があり、
>全ての個別要素が
>この様につながって、
>このような意味を表現しています。
>っと言うべきでは?

逆に言えば、こういうのって感情論を否定しなければ、百人いれば百通りの解釈やストーリー(ごく短いストーリーも含む)が出来上がると思うんですよね。
僕の最初の投稿で、冒頭にも書きましたが↓

>人はみな、違った環境で育ち、違った経験をして生きてますから、ビビさんが何とも思わないような要素であっても、他の人にとっては何か重要な意味があるとしか思えない要素などもあるのではないでしょうか?

現代日本では、毎年の自○者が2万人以上という大きな社会問題があります。
今回のMVは、そういった社会問題を連想させるようなシーンから始まるわけで、決してネット上にアップする事ができないような、とてもデリケートな感想をお持ちの方々も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?
自分の感想を言いたくても、そのために自○に関する話をしなければならないという事になれは、それはそれで、あまりにもデリケートな話になってしまうので「言いたいけど言えない」みたいな状況になっている場合もあるのではないかと思います。
他人には話す事ができないけれども、本人にとっては人生を左右するほどの重要なストーリーが、自分の頭の中だけで繰り広げられていたりするような事もあるのではないでしょうか?
特に、何らかのトラウマなどを抱えている人の場合は、たった1秒にも満たない何でもないようなシーンを見ただけで、涙を流してしまう事もあると思います。
そこで「なんで泣いてるの?」なんて聞かれても言葉では説明できないし・・・
でも、何の意味も無いものを見て、涙を流す人なんているわけないでしょ?
それなのに、あれこれ問い詰められたり「感情論では話にならん!」みたいに言われてしまったら「あんたは私の何を知る?」などと反感を買うだけではないでしょうか?

♪ 人間関係の答え合わせなんか ♪
♪ 僕にはできないし ♪
♪ そこに居なければ良かったと後悔する ♪

特に現代日本では「感情論は否定される」といった感じの風潮があるので、誰も本音が言えなくなってしまってるような状況があるのかも知れないですね。
僕の考えとしては「感情論=本音」であって、それこそ大切にするべき意見ではないのかなぁ?と思ったりするんですけどね。
逆に言えば、感情論を否定すればするほど↓

1.心に深い傷を負ってしまう。
2.誰にも感情を見せなくなってしまう。
3.誰もが本音を隠しながら生きるようになる。
4.みんな「白い羊」だらけになる。

このような状況が、現代日本には蔓延しているのではないか?という気がしてなりません。

>「人それぞれみんなの解釈が正解だよね〜」
>というのであれば、
>そもそもこの考察記事も
>「人それぞれ」の一行で終わります。
>決してそれを軸にはしていません。

>監督が意味ないと言ったとしても、
>意味がないと言った監督のフィルターを
>通して表現された意味のないの中にある
>意図を知りたくないですか?
>そこを自分なりに挑戦してる感じです。

そういった挑戦をしておられるのは素晴らしい事だと思いますが、やはり「人それぞれ」の一行で終わる話なのかも知れないという軸(大前提)を大切にした上で挑戦して頂けたら、カッコイイのかなと思ったりします。
ある意味、バカげた考察なのかも知れないし、みんなから共感される事なんて無いかも知れない・・・だって「人それぞれ」だから。
それでも僕は「人それぞれ」だからこそ自分の信念を貫いて、これだけの情熱を持って、たくさんの時間を掛けて、こういう考察をしたんです!
そういった感じの記事だったら僕は大好きですけどね。
めちゃくちゃ黒い羊っぽいし^^;
なので、やっぱり「人それぞれ」を軸にしていないからこそ「ミスリード」などという言葉を平気で使う事が出来てしまうのかなと思わざるを得ない部分は残りますね。

>★Aの人「壺に見える」
>★Bの人「顔に見える」
>★作者「どちらにも見える絵を作ったで」←ここの意図が知りたい
>どちらにも見える絵を、
>どうして作ったのか?

この問いへの答えは、

♪ 全員が納得するそんな ♪
♪ 答えなんかあるものか ♪

この部分の歌詞を表現するため、というのが僕の意見ですね。
ビビさんは「作者独自の1つの答えを考察していこう」とおっしゃってますけど、もしも作者の意図というのが、万人に納得できる形でハッキリと証明されてしまったら、どうしても上記の歌詞との矛盾が出てくると思うので・・・
なので「全員がバラバラの解釈になる」という状況こそ意味があり、それが作者の理想なのではないかな?と思います。

返信する
ビビ

>>ユインシュタインさんコメントありがとうございます!

ミスリードの言葉の使い方ですが、
ミスリードの意味は、人を誤解させる事、
誤った方向へ導くこと、(辞書で調べてみてください)
なので、ユインシュタインさんが言うような
「してはならない」の様な意味合いは込められていません。
ミスの意味であっても、ミスは「間違えること」
というのが言葉の意味として主なので
「してはならない」と解釈しているのは、
ユインシュタインさんの主観が入っていると思います。

ーー

そういう、
本当はAという意味なのに、
主観や個人的な解釈でネジ曲がってしまい、
私はBに聞こえる。だから、
あなたはBと言っているんだろう。

いやいや、客観的に見て
Aという意味だよ。

違うよ、あなたは絶対Bと言ってる!

ーー

こういう様な客観的な内容ではなく、
感情を元にした主観的な解釈で
議論を進めること全般を
感情論といいます。

★焼き肉って一般的に人気がある食べ物だよね
★そんな訳ない、私は焼き肉が嫌いだ!だから、
その意見は間違いだ!

こういうのを感情論と言います。

感情論で話していても、
一般的に焼き肉は人気の食べ物なので、
その事実は変わりません。
水掛け論ですよね。これって。
今この状態に近いと思います。

なので、

しっかりとした考察をするには、
私はこの監督が好きだから、
てちが好きだから、
とかではなく、

客観的に深く分解していく事で、
考察記事は成り立ちます。

そういった意味で、
「考察記事は感情論じゃなくて、
しっかりと分析しないといけないよね」
と言っています。

↓今この様な状況です

ーー

ワイ「考察記事は感情論じゃ書けないので、
しっかりと客観的に分析する必要があるよね」
ユイさん「感情論では話にならないってどういう事か!」
ワイ「否定することは何も言ってないんだが……」
ユイさん「感情論とは本音だ!本音こそ大切にするべき!
本音を隠しながら生きると白い羊になる!」
ワイ「???」
ワイ「作品を見る人はたくさん居て、
色んな解釈があってもいいと思うけど、
作者は1人しか居ないよね。じゃあ、
作者の意図は1つだよね。
その1つをどうにか考察していこう!って趣旨だけど……。」
ユイさん「全員がバラバラの解釈になるという状況こそ意味があり、それが作者の理想なのではないかな?と思います。」
ワイ「そのバラバラの解釈にさせる中での意図を汲み取ろうとしてるんだけど……」

ーー

という状況です。

なぜ平行線になっているかと言うと、
今感情論が繰り広げられているからだと思います。

僕はずっと、

ミスリードの意味も、
否定してないとも
言ってるし、どういう趣旨なのかも
全て書いていますが……。

僕は別にユインシュタインさんも
否定していませんよ……。

例えば、学校で生徒一人一人が
読書感想文を書いて、
それについてみんなで
作者の考えを議論し合おう!

というテーマの授業があったとします。
そこでこんなやり取りが行われていたら、
どう思うでしょうか?

ーー

★Aさん「読書感想文書いたで、みんなコメントくれな」
●Bさん「ここの表現、ちょっと分かりづらいなぁ。」
★Aさん「何??お前は俺の人格を否定するのか!!!話にならん!」
●Bさん「あなたの書いた文章について、コメントしてるのであって、
あなた自身は否定していませんよ?」
★Aさん「お前は俺を否定した!酷いおかしい」

ーー

これって、建設的な
話し合いができると思いますか?

Bさんは、何もAさんの事を否定してもないのに、
Aさんはずっと否定したと思う訳です。

これが、ずっと言ってる感情論です。

客観的に見ているのであれば、
Aさんは「そうなんだ、この表現分かりづらいんだ!
どんな表現なら分かりやすくなるかなぁ」

こういう風に答えていけば、
建設的な議論ができますよね。

>バカげた考察なのかも知れないし、みんなから共感される事なんて無いかも知れ
>ない・・・だって「人それぞれ」だから。
>それでも僕は「人それぞれ」だからこそ自分の信念を貫いて、これだけの情熱を
>持って、たくさんの時間を掛けて、こういう考察をしたんです!
>そういった感じの記事だったら僕は大好きですけどね。
>めちゃくちゃ黒い羊っぽいし^^;

これ、ずっと同じ事を言ってるんですよ?笑
そもそもの前提ですが、

「人それぞれ解釈できるよね」

というのは、当たり前にみんな理解している
前提があるので、
(一般的にはわざわざ事前に言わなくてもいい内容です)

ご飯食べる時のレビューに、

「この店は間違いない!ハズレ無し!
最高に美味しかった!!」って書かれてたとして、
そのレビューに、わざわざ

「人の味覚は人それぞれ感じ方が違うので、
絶対的な正解なんて無いはずです。
このお店は間違いない!!なんて断言する
言い方はやめてもらえませんか?」

って言いませんよね?

これを採用すると、

このレビューはこのようになります。

「この店は間違いない!ハズレ無し!
最高に美味しかった!!

※あくまでも個人的な意見であり、
絶対的な正解が無いという事をご留意ください」

こういった言葉は、入れる必要ないですよね?
それぞれに解釈できるよね。

っと知ってる前提でみなさん読んでるはずですし、
言われなくても知ってるよ!って人の方が一般的です。
だから、あえて入れてないです。
※あくまでも極端な例ですが

有り難い事に、この記事は
多くの方に読んで頂き、
Twitterなどでも
ポジティブな意見が多く
コメントされています。

このコメント欄でいくつか、
納得いかない人が出てきても、
そりゃあ全員が納得できる答えなんか
あるものか。

と思います。

このコメント欄のいくつかの
コメントが全ての意見ではないです。

また、僕はユインシュタインさんの
言うようにずっと以下の
スタンスを崩していません

「バカげた考察なのかも知れないし、みんなから共感される事なんて無いかも知れない・・・だって「人それぞれ」だから。
それでも僕は「人それぞれ」だからこそ自分の信念を貫いて、これだけの情熱を持って、たくさんの時間を掛けて、こういう考察をしたんです!」

それだけは誤解無きように頂けたらと思います!

きっとユインシュタインさん自身が
否定されてしまった様に受け取ったので、
そこが引っかかってしまい、
なんだか、納得できない気分になっているのが
今の状況だと思うので、

なぜ否定していないのに、
否定されていると感じてしまったか?

を探っていくと、
自分の新たな側面が見えてきて、
新しい発見があると思います。

ユインシュタインさんの
コメント感謝しております。

ありがとうございます

(ㅅ•᎑•)

返信する
ユインシュタイン

♪ 納得出来ないことばかりだし ♪
♪ 諦めろと諭されてたけど ♪
♪ それならやっぱ納得なんかしないまま ♪
♪ その度に何度も唾を吐いて ♪
♪ 噛み付いちゃいけませんか ♪

ビビさん、すみません。
僕の言いたい事が、ビビさんに100%伝わるなんて、もしかしたら幻想に近いのかも知れませんが、どうしても、ナナメ読みされてしまってる気がしてならないので、もう1回だけ噛み付いてもいいですか?

ミスリードの件ですが・・・

「あなたの解釈にはミスがあります。」
「あなたの解釈には誤りや間違いがあります。」
「誤りや間違いは、してはならないことです。」
「あなたのような解釈をしてはなりません。」

↑僕には、こんなふうに聞こえます。
これって、客観的な視点から見て、違和感ありますかね?
おそらく、ビビさんは、

「誤りや間違いは、してはならないことです。」

この部分に「主観が入っている」とおっしゃっているようですけど、これを「主観」と言われてしまったら、むしろ、それ以外の考え方が出来る人のほうが珍しいのではないでしょうか?

「誤りや間違いではありますが、してはならないとは言ってません。否定もしておりません。」

ビビさんの話を聞いてると、ずっと、こんなふうに言ってるように聞こえますけど、このように受け止めるほうが一般的であり、ごく当たり前の事なのでしょうか?

>Bさんは、何もAさんの事を否定してもないのに、
>Aさんはずっと否定したと思う訳です。
>これが、ずっと言ってる感情論です。
>客観的に見ているのであれば、
>Aさんは「そうなんだ、この表現分かりづらいんだ!
>どんな表現なら分かりやすくなるかなぁ」
>こういう風に答えていけば、
>建設的な議論ができますよね。

そうですね、ずっと僕は否定されたと思ってますし、多少、傷ついてもいます。
だからこそ、色々と言いたくなってしまうわけです。
これって、受け取る側だけの問題なのか?と・・・
読み手のほうに、100%の責任があるんですか?と・・・
100%読者のせい(人のせい)にして、逃げたままでいいんすか?と・・・
もちろん、ビビさんのほうに、100%の責任があるとまでは言いません。
だからこそ、先日の投稿の冒頭でも、ビビさんが100%悪いなんて言ってないし、僕の意見に従え!なんて命令もしていないと、念のために書いておきました。
そして、僕なりに客観的に考えて、

>「ミス」という言葉には「誤りである。してはならない。」といった断言や命令の意味が含まれてくるので、「他の解釈」などと言いかえるだけでも表現が柔らかくなりますし、意味も十分に伝わるのではないでしょうか?

このような提案もしてみました。
「ミスリード」という言葉を使う事も、否定はしていません。
「ミスリード」という言葉を使ってもいいけど、このままだとビビさんご自身が、多くの読者の方から誤解されてしまうリスクが上がるとは考えられないでしょうか?という客観的な説明をしただけです。
どうしても「ミスリード」という言葉を使う必要性があると考えておられるのであれば、読者の混乱を避けるための工夫として、補足の説明などがあってもいいのでは?と思います。
もしかしたら「ミスリード」という言葉は専門用語なのかも知れないですね。
でも、僕みたいな専門知識がない人間の場合、どうしても「ミス、リード」という感じで区切って読んでしまうので、そこら辺で混乱が発生しているのかも知れないですね。
もし、このサイトが専門家みたいな人だけしか読む事が出来ないサイトであれば、「ミスリード」という言葉を使う事への配慮などは必要ないのかも知れません。
しかし、このサイトは誰でも読めるサイトですし、この記事に関しては、特に10代くらいの若者たちが多く読んでいるのではないかと思われます。
そのような状況の中で、何の断りもなしに「ミスリード」という言葉を使う事への配慮などは必要ないのでしょうか?

>なぜ否定していないのに、
>否定されていると感じてしまったか?
>を探っていくと、
>自分の新たな側面が見えてきて、
>新しい発見があると思います。

僕も同じ事を感じてますよ↓

なぜ否定していないのに、
否定していると受け取られてしまったか?
を探っていくと、
自分の新たな側面が見えてきて、
新しい発見があると思います。

それから、感情論について色々と書いたのは、現代日本では、感情論だからという理由だけで、頭ごなしに否定される風潮が根強いので、感情論を否定する事のリスクについて、少しだけでも考えて頂けたらと思って書きました(もちろん感情論を全て肯定しろ!という意味ではありません)
このコメントでは、主観的か?客観的か?みたいな話になりましたが、それも似たようなもので、僕の考えとしては「主観=感情=本音」だと思っています。
つまり、ミスリードという言葉に不快な思いを抱いてコメントを書かれた、みけさん、欅ニワカさん、麻璃央さん・・・
この人たちの意見は「本音」であって、僕には「黒い羊」に見えるんですよね・・・
だからこそ「黒い羊」の声に耳を傾けなくてもいいんですか?と、そういう提案をしているわけです。

ビビ

>>ユインシュタインさんコメントありがとうございます!

>これって、客観的な視点から見て、違和感ありますかね?
>おそらく、ビビさんは、
>「誤りや間違いは、してはならないことです。」
>この部分に「主観が入っている」とおっしゃっているようですけど、これを「主観」と言われてしまったら、むしろ、それ以外の考え方が出来る人のほうが珍しいのではないでしょうか?
>「誤りや間違いではありますが、してはならないとは言ってません。否定もしておりません。」
>ビビさんの話を聞いてると、ずっと、こんなふうに言ってるように聞こえますけど、このように受け止めるほうが一般的であり、ごく当たり前の事なのでしょうか?

はい、そうです。
何度も説明していますが……。
辞書で調べてみても、

ミスは「誤りや間違い」のみを指しており、
「してはならないこと」←この部分は一切入っていません。

「してはならないこと」という部分は、ユインシュタインさん独自の解釈です。
なので、客観的に見て違和感があります。
それなので、ずっとその部分、違いますよ〜
と言ってます。

>そうですね、ずっと僕は否定されたと思ってますし、多少、傷ついてもいます。
>だからこそ、色々と言いたくなってしまうわけです。
>これって、受け取る側だけの問題なのか?と・・・

わりと分かりやすい例えを出して
解説していると思いますし、
以下の内容と全く同じになっていますよ

ーー

★焼き肉って一般的に人気がある食べ物だよね
★そんな訳ない、私は焼き肉が嫌いだ!だから、
その意見は間違いだ!

こういうのを感情論と言います。
感情論になると、建設的な議論ができません。

ーー

他の例えを言うと、

ユインさんは野球を観に来たお客さんだとします。
ピッチャーがボールを投げました。
それに対して、
ユインさんは、
「あのピッチャーは私を狙ってきている!酷い!
私にボールを当てようとしてきてるんだ!!
ひどいよ!」

こう言ってきている状況と大変似ています。

これって、読み手側の問題だと思いませんか?
ピッチャーからすると、

「いやいや……。普通にキャッチャー目掛けてボール投げてるし、
観客狙う訳ないやん?そもそも野球じゃん?
ボール投げるじゃん?どうしてこうなった?」

という感じです。

>そうですね、ずっと僕は否定されたと思ってますし、多少、傷ついてもいます。

逆になんの、どの文章で否定されたと思われたのでしょうか?
建設的な議論は、誰も傷つきませんし、
傷ついたと思うのであれば、議論には向いていないのだと思います。
これは決して悪い意味ではありません。
マラソンの長距離が得意な人がいれば、
短距離が得意な人もいる。
その向き不向きの違いという感じです。

私はユインシュタインさんを否定した事も無いし、
ユインさんの意見を否定しても、ユインさん自身が
否定される訳じゃないですよ。そこは、安心してください。

>「ミスリード」という言葉を使ってもいいけど、このままだとビビさんご自身が、多くの読者の方から誤解されてしまうリスクが上がるとは考えられないでしょうか?という客観的な説明をしただけです。

私には考えられません。
なぜなら、その説明を充分にしているし、
今のところ、1000人に1人ぐらいの割合で
ミスリードについて言及した方が居るぐらいです。
特に私は必要ないと思っています。
勘違いする人は別にそれでいいのかなと思っていますよ。

それこそ、みんながみんな納得する様な
書き方なんてムリなので。

そこを追求しだすと、また、
別の角度から「以前の方がわかりやすかった」
という人は一定の割合で出てくるだろうし、
キリがないので、
アドバイスやご提案を有り難く受け止めて、
必要だなと思えば、そうするし、
これは違うかもなぁと思えば、
取り入れません。

これは、否定でも何でもなく、
そんなもんですよね(´・ω・`)

あなたの髪型、金髪にした方がかっこいいよ!
って言われたとして、
納得いかなければ、特に金髪にする必要はないし、
そこは自由なはずなので。

ミスリードという言葉も、
使う前にちゃんと

「このMVは観た人を間違った解釈に導くような、」

というミスリードの意味を補足する説明も入っていますよ。

>感情論を否定する事のリスクについて、少しだけでも考えて頂けたらと思って書きました

おそらく感情論の捉え方そのものを、
ユインシュタインさんがまた一般的な解釈とは別の
角度から独自にとらえているのだと思いました。

ちゃんとみんなでポジティブな話し合いをできるようにしましょう!
という目的を持って議論する場合などに、
感情論という言葉は主に使われます。

ポジティブな話し合いをする時に、
誰もあなたの事を否定していないのに、
「話しの内容を否定された=私自身が否定された」
と結びついてしまったら、
ポジティブな話し合いができないから、
感情論にならずに、前向きに話し合いしましょうね

って感じで使われる時が多いです。

だから、感情論を否定する事のリスク=
ネガティブな話し合いをオススメしている。

みたいな、なんかチグハグになっちゃいます。

感情論の意味が分かっていれば、
きっと、そういう内容は出てこないと思うので、
改めて深く検討する必要があると思います。

>だからこそ「黒い羊」の声に耳を傾けなくてもいいんですか?と、そういう提案をしているわけです。

これは、やんわり言っている様に見えて、
逆に言えば、

ビビさん!あんた白い羊じゃねぇか!

と決めつけているのと同じです。
あんまり良い提案ではありません。

黒い羊というのは、確かに本音を大事にする。
という方向性だと思いますが。

決して無理をして相手を打ち負かせ!
と言っている訳ではありません。

やりたい事があるけど、勇気が出なくてこわい。
あと一歩踏み出したいけど、できない。
先輩が怖いから、従っていよう。
会社の上司に納得できないけど、ペコペコ頭下げていよう

こんな心情の人たちへ向けて、
「何やってんだ!自分の本音を大切にして、
自分らしく生きろよ!それで嫌われたっていいじゃねぇか」

っと、そういうポジティブなメッセージだと思っています。

なので、

あくまでも主軸は「自分」なんです。
誰かをコントロールしようとか、
誰かを言い負かして納得させようとか、
誰かをどうにかしよう。

という発想じゃないのだと思っています。

だって、そうだとすれば、

誰かの軸で生きる事には変わらなくなるからです。

だからこそ、

黒い羊とは、自分の軸を持ってしっかりと歩む人
という言い換えもできると思います。

とあるプログラマーから

お客様の声に全て耳を傾けて、
システムをバージョンアップし続けたら、
結局、良いところも薄れてしまい、
ダメダメなサービスが出来てしまって、
お客さんが全て離れてしまった

という話を聞いたことがあります。

それぞれ、何者かにならなくていいんです。
今の自分を100%出し切ったら最強なんだと思っています。

そういう個性を大事にする歌だと思っています。

誰かの個性を自分なりの正義で奪ってはいけないと思います。

だから、

ユインシュタインさん独自のモノの見方は、
そのモノの見方が活かせる場所や環境だと、
ものすごい力を発揮すると思います。
ガチで突き抜けると思います。

これは冗談抜きです。

だから、否定されたとすぐ思うのではなく、
その持ち味を活かせるように、
他人を変えようではなく、
自分にエネルギーを費やするのが
さらにバージョンアップする近道なのかなと思います。

こんな自分が何言ってんだって話ですがw
私は何も完璧じゃないですし、
ダメダメです。

けど、ホントそう思います。
コメントありがとうございます

m(_ _)m

サンマイ

ビビさん
返信いただき、ありがとうございます。
これで、お互いの違和感を感じている部分、演出のどこに重きを置いてみているか、その違いを感じることができました。これも考察の醍醐味ですね。
私は、ここに出てくる登場人物全てに個別の設定があると思っています。そしてそれぞれの演技にも意味を感じています。

<このベッドを起点に抱擁したりの演出が始まるのですが、
 どの方向から見ても、このベッドの演出に
 大きな意味があるとは思えません。
 
ここのビビさんのコメントなのですが、正直どこに引っかかっているのかわからないんです。単純に、菅井さんの演じる女性の父もしくは祖父がお亡くなりになって絶望しているシーンだと思うのですが、一体何が矛盾につながると考えているのかがわからないのです。

<アリアドネの看板部分で、てちの抱擁を拒絶する女性ーー
→他の抱擁に意味があるとすれば、
 この女性の拒絶も同じく意味があるべきです。
 なぜなら、他の抱擁する女性達と同列で
 扱われているので。

抱擁の意味ですが単純に救いを受け入れるか受け入れないかということだと思います。彼女は主人公からの救いを最初は拒絶したということでしょう。
因みに、ビビさんがキーワードとされているアリアドネの看板ですが、私は特に深い意味はないと考えます。酒場に見せるための小道具、もう少し深読みすると、売春的な雰囲気を匂わすためのアイテムだと考えます。売春宿に女神や乙女の名前を付けるというよくある皮肉ですね。

<次に抱擁する女性はしっかりと受け止めますーー
 →この女性もほぼ同列に扱われています。

正直、彼女だけ違うにおいを感じますね。おそらくビビさんも感じているとは思いますが。

<バスタブの中で手首を切ったっぽい女性ーー
 →彼岸花の受け渡しをキーポイントとするので
 あれば、先程の女性もこの女性も、
 特に彼岸花を渡されていません。
 彼岸花があの世の象徴であるのであれば、
 この明確にあの世へ行きたいという意志がある、
 女性こそ、花を渡すべきなので

あの世に行きたがっている人間に対して主人公が花を差し出すことなどあってはなりません。なぜなら、主人公の役割は彼女たちがあの世に行こうとするのを止めるたちがだからです。小林さん演じる学生は、自分から花を無理やり奪ったので、あの世へ行こうとしているのがわかるのです。現に抱きしめた後、主人公に返してますしね。救われたという演出です。
この女性こそ花を渡すべきというのが、この女性こそ花を無理やり奪う演技をしなければおかしいという意味なら、言いたいことはわかるのですが、ついさっき見せた演出を繰り返してもしょうがないので、特に不自然とは私は思いません。

誕生日シーンの見方はほぼほぼ同じですね。一つ大きく違うのは、私は絶望シーン+主人公の幼いころの思い出シーンだと考えている点ですね。誕生日の子供と写真の中の子供が、主人公か他人かという違いですね。

まあ、そうすると必然的に屋上の解釈も分かれますよね。
私は、演者たちの演技、表情には必ず意味があると考えています。
何度も書いてしまいますが、主人公が唯一拒絶を示した女性との演技に特に意味がな
いなどあってはならないと考えるからです。特にこれだけ細部まで練られたMVならなおさらです。
後は、ミスリードという考え方の違いですね。SNSでの盛り上げのため、視聴者を混乱させるためのミスリードというのが私の考えるものと違うからです。作り手はあくまで物語の完成度を高めるために様々なアイデアを考えていると思います。特にこの作品はおふざけ一切なしなので。物語上意味があったものを意味の無い物とするミスリードは、やはりどう考えてもおかしいと私は思ってしまいます。
こんなところですかね。
また、長々と失礼しました。

返信する
ビビ

>>サンマイさんこちらこそコメントありがとうございます!

そうですね!これも考察の醍醐味だと思います(^^)!
サンマイさんのコメントを読んで、
以下の部分が自分の読みと異なる点だと感じました。

>登場人物全てに個別の設定があると思っています。

物語が1本のストーリーの様なもので
出来ていると考えると、
1F部分のそれぞれの要素に意味は無いと
私がずっと言っている部分ですが、

私は

MVが物語であり、主人公が
何かしらのストーリーの様な
ものを意図して演技をしているのだとすれば、
当然、個別に配置された人員も
その1本のストーリーに加わるのが自然だ。

という見方です。

サンマイさんは、きっと、

1本のストーリーの中に個別に配置された
人員が加わらない状態でも自然。

という考えをお持ちなのだなと。

例えば、スパイダーマンの映画があったとして、
主人公の後ろに居るエキストラの様な
個別に配置された人員は、
スパイダーマンの映画を演じているべきだと
私は考えています。映画を見る時もそれが
自然ですよね。

スパイダーマンの映画のエキストラが、
なぜか、アイアンマンを演じている。
スーパーマンを演じている。

みたいになるのは不自然かなと思っています。

なので、

個別に配置された人員に意味があるとすれば、
当然、ベッドのシーンの要素も、
ストーリーに加わらないといけません。

しかし、

1本のストーリーにそれらは
なんの関連性も無いんです。
少なくとも私は見つけられませんでした。

他の要素に至っても、
旗を持って走ったり、柱に女性が立っていたり、
全ての要素が主人公演じる1本のストーリーに
加わる必要があるか?と言われたら、
無いと思っています。

なので、

じゃあなぜ配置されたか?を考えていくと、
アリアドネの話にも繋がりますが、

混乱の象徴である。と捉えたら、
ピッタリハマったんです。
混乱の象徴であれば、個別の要素に意味はなくとも、
混乱というモチーフを演じさせれば、
全ての要素がバラバラでもきちんと
ストーリーに加わっている事になります。

だからこそ、

1F部分は、個別の要素として捉えるのでは無く、
全体を1つの要素として捉える方が
自然だよね。という解釈です。

なので、

それぞれ彼岸花を渡した、
渡さなかった、抱擁したされた。

という点も、個別の要素としての
意味を見出すのではなく、
全体まるごとひっくるめて、
混乱の象徴である。

と解釈しています。

それであれば、抱擁したされたという
解釈も人によって千差万別になる様な、
解釈ではなく、ある程度の筋ができてきます。

もし、ベッドシーンの場面や個別の要素に
1つ1つ意味があるのだとすれば、
混乱の象徴では無い、
他の意味があるのだとすれば、
どのような視点で、ストーリーに加わるか?
がわからないのです。

そこを、矛盾が生じると表現しています。

★アリアドネの看板についてーーー

これは、記事でも書いていますが、
意味があると私は思っています。
ここら辺は平行線かもしれませんね!笑

元々様々なクリエイターとして、
物づくりをした経験から言うと、
もし、この看板に深い意味が無いのだとすれば、
わざわざアリアドネにしなくてもいいんです。
それこそ、PUMAでもNIKEでも、
なんでもいいです。

しかし、

物づくりをする身からすれば、
多少は映り込むよな。と思えば、
何かしら工夫をしたくなってきます。

他の演技や配置している人員の演技など、
わざわざベッドまで持ち込んだり、
階段に鎖を絡ませて、
めちゃめちゃ小道具やら何やらに
こだわっているのに、

このわざわざ映り込む部分だけ、
適当に文字を入れました!

というのは正直考えにくいです。

そして、その適当に配置した看板が、
たまたまアリアドネというギリシャ神話
をモチーフとしていて、
たまたまストーリーとリンクしている
というのも、

ちょっと偶然にしては重なりすぎかなと
個人的には思っています。
勿論、正解は本家しか分かりませんが……

★バスタブの女性についてーーー

>あの世に行きたがっている人間に対して主人公が花を差し出すこと>などあってはなりません。

こちらは少し言葉足らずでした!
彼岸花があの世の象徴であれば、
バスタブで今まさにあの世へ行こうとしている
人に彼岸花の演出が何も盛り込まれていないのは、
不自然だなと思いました。

花を渡さないとしても、
何かバスタブに枯れた花があるとか、
監督はどう表現するか分からないですけどw

花を奪った=あの世へ行きたい

だとすれば、

なぜこういったモチーフには
花が絡む演出がないのかなと。

★誕生日シーンについてーーー

>誕生日シーンの見方はほぼほぼ同じですね。一つ大きく違うのは、>私は絶望シーン+主人公の幼いころの思い出シーンだと考えている>点ですね。誕生日の子供と写真の中の子供が、主人公か他人かとい>う違いですね。

サンマイさんの言う思い出シーンというのは、
とてもおもしろいですね。
最初に考察する時に、
このMVは冒頭で亡くなった主人公の走馬灯なのでは?
と思った時があり、色々紆余曲折して
今の解釈に至りましたが、
そういう思い出とか、記憶の振り返り
という視点で改めて見ていくと
また何かの発見がありそうな気もします。

>私は、演者たちの演技、表情には必ず意味があると考えています。

これも同意です。
個別の要素には意味はないと書きましたが、
ある程度の方向性というか、
シナリオみたいなものはやんわりと決めていると思います。
その上で、ストーリーには加わらず、
混乱の象徴として加わっていると思っています。

そういう意味で、ストーリーに加わってはいない。
=個別の要素に意味はない。

と書いています。

演技や表情には少なからずの方向性はあると思っています。
ここら辺、もっと書いておけばよかったですかね……。
言葉は難しいです。

誤解させてたらすんません。

★ミスリードについてーーー

これも、平行線になりそうなトピックです。
今の時代は、SNSでの宣伝というのも、
重要な要素の一つなので、
全然アリだと思っています。
おふざけ無しのビジネス視点で
全然ありますよ〜
ストーリー性のある映像制作の会議などでも、
そういった点は頻繁に話し合われていました。
と言いつつも、
こちらも完全に制作側しか分からない内容ですね!
どこかで監督がこぼす言葉を拾い集めて推理するしかないですw

欅坂46のMVについて書かれた
雑誌買ってからまた改めて考察してみようと思います!

返信する
サンマイ

>ユインシュタインさん
横やりを入れる形になってしまって申し訳ないのですが私なりに思うところがあったので、書かせていただきますね。

ビビさんが作品を考察していく中でたどり着いたミスリード説なのですが、それに対して「自分の考えは違う、なぜなら~だから」というコメントをするのは良いと思うんです。ただ、ミスリードという言葉を使うのは良くないという意見はやはり違うのではないかと私は思います。
ミスリードは他人のミスを指摘する言葉ではないしそう感じてしまったのであれば、それは単なる勘違いです。あくまで作品上の演出に関する個人の考えを、コメントに対しての否定ととらえてしまったということだと思います。
そして、自分がミスリードの意味を理解していなかったからといって、ビビさんに説明不足だとコメントするのは、それは逆切れじゃないかと思います。知らない言葉があれば自分で調べればいいし、勘違いに気づいたのであれば素直に受け入れればよいだけではないでしょうか。

悪意はないのですが、もし気分を害されたらすみません。

返信する
限りなくオフホワイトに近いグレーの山羊

例え話になりますが、このMVに含まれる要素がA〜Eの5つあって、MVの見方(受け取り方)がア〜オの5通りあるとします。

このMVは「アの見方をするならBとDの要素は切り捨てないと整合性が取れない」「イの見方ではCの要素さえ含めていればその他は無視してもよい」という類の作り方をしているのではないでしょうか。逆に言えば全部の要素を含めて「アの見方が出来るし、ウの見方も出来る」といった作りにはそもそもなっていないのだと自分は考えます。

ただその要素が、切り捨てたり無視するには重い上に、かつ誰にでも当てはまりやすいテーマを含んでいる。だからこそMVを読み解くときに「Aの要素? あんなの気にしなくていいっしょww」「Eの要素ってこのMVに要らなくね?」と言い切ってしまうと、そこに何の他意が無くても「必要無いとはなんだ!」と感じてしまう人が多いのではないかなぁと思うし、そして恐らくそれも「あなたが大切に思うものは他の人にとってはそうではないorあなたが不要だと思うものを大切に思う人がいる。そのことをあなたはどう受け止める? どう振る舞う?」というMV製作者からのメッセージなのではないでしょうか。

自分でも何言いたいのか判らなくなってきたww

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ビビ

>>限りなくオフホワイトに近いグレーの山羊さんコメントありがとうございます。

名前が、個性的ですねw
めっちゃ言いたい事分かりますよ!
その様に作られている可能性はありますね。

ただ、その上で今回は監督の意図というか、
方向性というか、監督の向かうその先を
知りたくて色々考察しているので、
例えば、どれも必要として入れているのだとすれば、
その必要な要素の中で、どれとどの要素が、
重要度が高いのか、どれが、重要度が低いのか、
という濃淡はあると思うので、
そういった部分は、丁寧にスキャンしていきたいと
思っています!難しいですけどww

返信する
酔いどれ

考察の意味
物事を明らかにするためによく考え調べること。

ビビさんのMV考察を全て読んで感動しました。
素晴らしい考察だと。
しかしコメント欄を読んでがっかりしました。

「自分はこう考察しました!」
「そういう考え方もあるね!」
にならないのは、
読み手も書き手も自分の意見を主張し過ぎるためだと思いました、

単純な答え合わせをしたいなら、
BRODYの最新刊で新宮良平監督の記事を確認しましょう。

それは違うよなんて聞こえてきそうですが、多くのファンは自分の考察が間違えていた!合っていた!と一喜一憂したと思います。
自分はぶっちゃけ記事を読んで泣きました。

白熱した場に水を差し、なんか宣伝ぽくなってしまい申し訳ございませんでした。

「ヒールの高さ」の考察も分かりやすく凄く良かったです。
また新曲が出たら考察をファンとしてお待ちしております。

返信する
ビビ

>>酔いどれさんコメントありがとうございます。

酔いどれさんのこのコメントを読んで、
さっそくBRODYの最新刊、
注文して新宮良平監督の
インタビュー記事も読んでみました。

正直、自分で言うのもアレですけど、
ほぼほぼこの記事の考察内容と近くて、
少し安心しました。監督の意図との
一致率は90%と言ったところでしょうか。

絶望フロアを監督は、
「ここは困惑させる場所なんですよ」と表現していたり、
平手さんを救世主的な意味合いと言っていたり、
花を僕の心と言っていたり、
(この記事では「情熱」としています)
階段の子供と出会うシーンも、
「生きる目的を自分に問うてるシーンとも言える」
と書いています。
この記事では、「自分と向き合う事で、
心の奥底に居る「本音」の自分と出会えた」
と解釈しています。

色々書いたらキリが無いですが、
正直、自分の考察を誇りに思えました。

監督がここはこういう意図があったんだよ。
と言った後で、
けど、色々な見方をしてもいいよね。
みたいに書いているので、

この記事の意図としては、
監督の意図が知りたいという
気持ちだったので、そこを
書いていけてよかったなという気持ちです。

ちなみに、コメント欄はしっかり読んでいれば、
特に頂いた意見について、
自分はこう思うけどな。ここはどう思う?
と聞いているに過ぎないので、

がっかりでした!とわざわざ言われるのは、
ちょっとキツすぎるのかなと思いますw

この記事は考察記事という性質上、
コメントで色んな方々の考察をいただきます。
それに対して、

読者さん「自分はこう思ったぞ!あんたはどう思う?」
ワイ「あなたはそう思ったの?
それぞれ違ってみんないいよね!ワハハ」

で終わらせていては、
正直、会話そのものが成り立たず、
そこで終わらせていては
コメントして頂いた方にとって、
逆に失礼だし、考察記事としての
存在意義自体もなくなるので、

その部分に関しては、
ご理解頂けたらと思います。

「ヒールの高さ」の考察も読んで頂きありがとうございます!
どれも、倒れそうになりながら書いてるので、
また読みに来て頂けたら幸いです。

たまに新曲情報?キャッチするの
出遅れる時あるので、その時はすんませんw

返信する
まる

コメントまで全て読んだ上で思ったのがきっと主さんは本当に時間をかけてMVを考察したんだろうな、でした。ただ多分主さん本人も気付いていないレベルなのかわからないけれど言い回しがちょっと下手くそというか言葉が強すぎるというか。だからコメント欄で考察外のいろんな意見が飛び交っているのではないかな。正直私も考察を読んでいて段々不愉快というか言い方がなぁ…と思うところが多々ありました。あくまで考察だということはわかっていますしいろんな見方があるのは面白いから私もこういう記事を読んでいるわけですが強い言葉は結構いろんな受け取られ方をしてしまうから気をつけた方がいいんじゃ…なんてお節介心を持ってしまいました汗受け取り方も人それぞれなんだったら書き方も人それぞれだろと思われたらそれはそうですとしか言えませんがせっかくこんなに頑張って記事を書かれていますしコメントにも丁寧に返信していらっしゃいますから勿体ないなぁなんて。笑

ちなみに私は僕「ら」派です笑その方が歌詞に深さも出るし意味も変わるよなぁって思ってます。本家から歌詞出るのが楽しみですね♪

返信する
ビビ

>>まるさんコメントありがとうございます。

そうですね!言い回しの部分ですが、
今回、記事を書く前に、既に皆さん
ツイッターなどで考察ツイートなどを
拡散しており、その考察内容が
僕から見ると穴だらけで、
「なんじゃそりゃ〜〜」
と思った経緯があり、

その拡散されていた考察情報自体も、
強い主張であった為、

「ここはワイの出番やないかい」

と鼻息荒く意気込んで記事を書いてしまい、
その様にあえて、語尾を強くしたり、
いつもなら書かない様な
強い言い回しをしてしまったという
部分は多少なりともあります。
ちょっとした対抗心ですねw

今回、その言い回しもあってか、
否定的で強い口調のコメントが
多少つきました。

否定的で強い口調のコメントは、
割と精神的なダメージが
削られる事が判明し、
新記事が全然進まない状況になったので、
次回は、なるべく強い言い回しは使わない様に
心がけようと思います。

とは言え、

しっかりと自信持って考察してるんだから、
強い口調で問題なくない?
むしろ、考察記事で
「みんな違ってみんないいよねてへぺろ」
スタイルは、ちょっと、
趣旨として、どうなのかな?

と思う部分があり、
ゆらゆら揺れている状況です。

コメントで考察を頂くのですが、
その考察に対して、

「この部分はどう思う?自分はこう思うよ!」
「それはどうかなー自分はこう思うよ」

というスタンスで返信しても、
そのやり取りは傍からみたら、

なんか喧嘩しあってる!
→否定してる→記事主が悪
みたいに見られがちなので、
(ちゃんと見れば全然そうでも無いですが)

みんなに好かれる事を考えるよりも、
しっかりと自分に芯を持って
やっていくのがいいのかなと思っています。

ただ、いつも書かない語尾の強さは
あったので、そこは気をつけようと思っています。
長々とすんません。
お気遣いありがとうございますm(_ _)m

返信する
774

屋上の平手のハグは人を救おうとしてるんじゃ無くて
自分を受け入れてもらおうとしてるハグでしょ。
黒い羊が白い羊を助けようとすることはない。

返信する
ビビ

>774さんコメントありがとうございます!

┻┳|
┳┻|_∧
┻┳|・ω・) {そういう見方もできると思います……
┳┻|⊂ノ

というか、物事は表裏一体なので、
人を救おうとしているその行為そのものが、
自分の救いになる部分もあると思いますし、
人を救おうと行動できる人は、救われている可能性もあります。
このハグに至っては、どの方向から見ても、
愛情に関する解釈であれば、監督の意図と近いと思います。

返信する
オフホワイトの羊(既婚)

初コメです。ちなみに公式が違う発表をしようとも”僕ら”としか聞こえない派です。

せっかくならMVの考察でコメント欄が盛り上がってほしいので、ミスリードの話に一石を投じたく思い、コメントさせていただきます。

記事主であるビビさんが使われているミスリードという言葉は「演出における手法の一つ」でありそれ以上でも以下でもない単語として使用されています。しかし、ミスリードという言葉に違和感を感じる読者もいらっしゃいます。それはなぜかというとミスリードという単語を、手法の一つでもなく辞書上の意味合いでもなく「経験における印象を伴う言葉の一つ」、つまり一般的な言葉の一つとして使用しているからです。
例を挙げると、お寿司屋さんでムラサキといえばお醤油です。寿司職人からすればムラサキは「お醤油」それ以上でもそれ以下でもないです。辞書上でも「寿司屋における醤油」でしょう。しかし、ムラサキと普段使い慣れていないお客さんの一部にはそもそもの意味が通じなかったり醤油のこととは分かってていても、無意識的に言葉の印象から”お家で使う醤油より紫色に見える”状態になることもあります。
ミスリードもムラサキの例と同じではないかと思います。ミスという単語が言葉に入っている以上どうしても「間違い」や「誤り」という先行的なイメージが脳に届きます。英語が詳しい人ならなおさらmisunderstandやmistake、misinformationにmiscalculationなどと、「間違い」や「誤り」の意が増幅されます。つまりミスリードという言葉で伝えたい意味以上のニュアンスが事故的に伝わってしまっていると思います。
おそらく、ここまでは日常茶飯事のミスコミュニケーションの類であると思います。
ですが、この場は少し勝手が違います。MVの考察サイトです。それぞれがそれぞれの価値観を膨らませた状態でやってくる場所なのです。このような特異な場面において「間違い」や「誤り」といった”イメージ”は命取りです。その上、記事主であるビビさんは考察する人間としての良識があるようで、「間違いや誤り」などなく解釈は人それぞれであるということを繰り返して書いておられます・・・これが、”間違いなどないという人が人を間違っていると指摘する”というこれまた皮肉なイメージが生まれてしまっている気がします。(お恥ずかしい話ですが、私も最初はそう感じました。)
ですので「間違い」や「誤り」を連想してからの「してはいけないもの」という連想もごく自然な流れです。もっとも、辞書を引いてみるとハッキリするとビビさんは説明されていますが、ミスリードの辞書上の意味である「間違った方向への意図的な誘導」の中にある”間違った方向”という誰にも一切フォローされていない「ミス」という言葉が”不正解のようなニュアンス”を助長させる要因ともなっているでしょう。

このように曖昧で抽象的なMVを扱う考察サイトの記事主が、言葉選びに慎重にならないはずがないという読者の勝手なイメージに加え、ビビさんが無計画な言葉選びをしているはずがない!つまり、「ミスリードという言葉を使うには何かしらの意味がある。それは言葉以上のニュアンスをすくい取らないといけない、それでなければこんな素晴らしいMVやその考察サイトにコメントする資格がない」と、MVを見るときのように考察サイトにも意識を集中して見られる読者が多い場所でしょうね。
長々と書きましたが、ミスリードという単語の説明を「演出における手法の一つで、相反するもしくは異なる方向へと意図的に印象を誘導するもの。」という丁寧なオリジナルの定義にすることで解決すると思われます。

返信する
ビビ

>>オフホワイトの羊(既婚)さんコメントありがとうございます。

既婚なんですねw
皆さん名前が個性的でおもしろいですw

初コメありがとうございます!
言いたい事は伝わりました!

お寿司屋さんの例を挙げていますが、
「ムラサキと言えば醤油」というのは、
お寿司屋さんという狭い業界の専門用語なので、
今回のミスリードという一般的な言葉について、
使うのは、言いたい事は分かるんですが、
ちょっと、認知度の濃度に違いがあると思います。

ムラサキは明らかにマイナーであり、
ミスリードというのは、専門用語でも
なんでもなく、割とどこでも使われる
普通の言葉なのと、

英語が詳しい人が何故か、
日本語の本来の意味を読み違う
というのも、

不思議な感じがします。

そして、文章の中にもしっかりと、

「このMVは観た人を間違った解釈に導くような、
ミスリードな演出が多いです」

というミスリードという言葉を使う前に、
あえてわざわざミスリードの意味を
説明しているんです。

これは、

オフホワイトさんが言う様に、
「異なる方向へと意図的に印象を誘導するもの。」

という説明とほぼほぼ同じ様な意味合いです。

そして、今のところ、
ミスリードについて言及したのは
本当に1人2人なんです。

1000人か1万人に1人ぐらいの割合です。
他の90%以上の人は
特にそこに強く引っかかる事なく、
読みすすめていると思いますよ!

コメントでその部分について
やり取りしていれば、
それは、ミスリードって言葉がどうしても
気になって仕方ない人が大勢居る

と思われがちですが、
実際は、1割ぐらいなので、

たぶん、

オフホワイトさんの
解説を入れたところで、

相反するとは一体なんですか?
ちょっとむずかしい言葉なので、読み間違います。

異なる方向とはなんですか?
それは、間違うという事ですか?
正解なんてありませんが何言ってるんですか?

みたいなコメントはきっと1割の確率で
来るでしょう……。

それは、その人独自の見方なので、
とくに悪いとも思いませんし、
色んな見方があっていいと思うので、

そういう方には、コメントで
なるべく丁寧に返信しようと思っています。

分かりやすい内容でコメント頂き
ありがとうございます!

感謝です。

返信する
通りすがり

通りすがりですが、ミスリード云々の話、自分もそのくだりはコメント欄見る前にひっかかりましたよ。
1万人に1人の感性なんですかね(笑)
ただ、それは全般的に上から目線で、「皆間違った解釈をさせられてる、バカだなー、俺は真の意図を見抜いたぜ」
的なニュアンスが文面から感じられたからです。
自分なりの考察と言いながら、こうとしか考えられないと決めつける言い回しが多いのが気にかかりました。
皆さんはどう思いますか?くらいにしておいた方がいいと思いますよ。

返信する
ビビ

>>通りすがりさんコメントありがとうございます。

有り難い意見ありがとうございます。
決してそういったバカにしている訳では無いので、
次回記事を書く際には気をつけようと思いますm(_ _)m

返信する
匿名

毎回欅の歌詞は、若い私たち世代の胸に響くんだけど…書いてるのはおっさんなんだよな。歌っているのは、同年代の女の子たちなんだけど、やっぱり秋元がチラついて気持ち悪い。欅は好きなんだけどね。みんなおっさんが作詞してることは意識しておいた方がいいよ。

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

秋元康さん……。
マジで10代女子と同じ感覚を持ってて
すごい……。

返信する
黒い羊と入力したいのに黒い執事になってしまって暫く困ってた

冒頭の地縛の表現がどこかに無いか探してて流れ着きました。

とても興味深い考察で、とても面白かったです。
黒い羊のタイトルにそんなことが有ったのか とかです。

歌詞の最後「僕らは」と言っていますね!それも最後の最後で
もしくは「僕〇は」
「ら」がよく聴き取りにくいんですけど、その後の「僕は」とは違いますね

で、すごく丁寧に考察してくれているのに<通りすがり>さんと同意見です
ミスリードって言葉が強いのかな、、
伏線が交錯してる?
設定的には、エキストラさんも細かく設定されてるって、メンバーが解説してた
あと、ソースが思い出せないけど、誕生日シーンは、現場でメンバーが意見をして
採用されたと、言っていたような、、、

返信する
匿名

考察面白かったです。ありがとうございます。
平手は黒い羊であったし、これからも自分だけは黒い羊であろうという風な終わりかなと思うのですが、黒い羊であることは社会では厳しいように感じます。
平手は才能があるので黒い羊でいてもおかしくないというかそんな気もするのですが、平手以外、欅坂以外の一般の人間に置き換えて考えた場合そういう人間に黒い羊であれというのはどう考えますでしょうか?
これは白い羊に流され白くなってしまった意見なのかもしれないのですが純粋に意見が聴いてみたいです。

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匿名

考察楽しく拝読しました。

返礼として私見をひとつ

黒い羊(black sheep)は英語圏において、厄介者の慣用句として使用される言葉です。

そもそも羊の群れというものは、明確なリーダーを持たず、周囲の状況に反応して行動する集団を現し、この中においては周りと同調することが何より重要視されます。

一方羊の群れと対比して語られることの多い狼の群れは、明確なリーダーを立てそのリーダーの掲げる目的を遂行することが群れの目的となる集団を指します。この中においては、リーダーになる為に闘争が行われることもありますが、少なくとも目的を持って行動する集団を指します。

黒い羊とは、羊の皮を被った狼を指し、羊の姿をしているが、色を隠せていない事を現しています。

目的を持って何かしたい人が、目的を持たず周りの反応に同調したい人の中で議論をしたくても、議論がかみ合うはずもなく「厄介者」と感じられることが語源ではないでしょうか?

「言いたいことを言って解決しよう」は黒い羊の言葉であった、白い羊には解決しようなんて思ってもいなかったことに気づいて、自分はなんて「楽天的」だったのだろうと気づいたのではないでしょうか。

そんな風に見ていくと、
羊の集団に対する皮肉と、狼でありながら、羊になりたかった自分と、そして羊になりきれない自分の対比、
そしてどんな装っても白い羊にはなりたくない(同調できない)ならそこにはいられないという現実が見えてくる気がします。

「周りと違うそのことでだれかに迷惑かけたか?」

羊の集団にとってはシープドックならまだしも、黒羊(狼)が近くにいることはきっと迷惑でしかないでしょう。

「自ら真実を捨てて、白い羊にのふりをする、、、、、
、、ここで悪目立ちしていよう」

集団に同化してしまって白い羊になってしまった黒羊(狼)に対して本当にそれでいいのか?と問いただすとともに、その事に気付くその時まで、自分は悪目立ちであろうとも、このままの姿でいよう。という決意の表現

と捉えてみました。

と言ったように捉えてみました。

返信する
匿名

不協和音でストーリーが把握しやすい箇所に「嫌われたって僕は僕の正義がある」とあるんですが、そこは「僕は僕の正義がある」じゃなくて「僕には僕の正義があるんだ」て歌詞にはそう書いてあるんですが、なんで間違えてるんですか?
そしてガラスを割れのところでも「やりたいことやってみせろよ」の後に「握りしめた拳でOh!Oh!」とはいるんですがなぜここが抜けてるんです?
もし、ガラスを割れのところは中略をしているのであればなぜアンビバレントのように「〜〜中略〜〜」と表記しないんですか?

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