年に1回冬限定!Amazonで今年最後のビッグセール開催中〜〜

椎名林檎の「鶏と蛇と豚」の歌詞を考察してみた!MVの意味は?どこよりも分かる解説

椎名林檎「鶏と蛇と豚」の歌詞やMVの考察についての記事アイキャッチ画像

約5年ぶりとなる椎名林檎さんの
新曲「鶏と蛇と豚」
ミュージックビデオが公開されました!

皆さんもう聴きましたか?

壮大な物語を感じさせる本作。
重厚感のある映画のような
MVに込められた意味について
気になる人も沢山いると思うので、

まずは椎名林檎の鶏と蛇と豚の歌詞考察から
少しずつMVの全貌を解説していきます。

その他、椎名林檎の過去動画インタビューから
紐解く曲の意味やポイントなども
解説していきます。

椎名林檎の「鶏と蛇と豚」の歌詞

実は歌詞の日本語訳がどこにも載っていません。
という事でMVから書き起こしてみました。

甘い蜜を覚えた。

頬張りながら私は
これが瞬く間に
なくなってしまう事態を
危(あや)ぶんだ。

自分が全てを平(たい)らげるまえに、
新たなぶんを蓄えて置くべく
口から蜜を溢れさせたまま奔走した。
充分な量を集めてきた上で
私はーー更に貪り続けた。

すると俄(にわ)かに
吐き気を催し
ついには嘔吐した。

一度は満ち足りた筈が違っていた。

望んだものに有り付いて
なぜこれほど厭(いと)わしい思いを
させられるのであろうか。

はじめは確かに好ましく感ぜられたこの蜜が
まさか毒なのではあるまいか。

私を貶(おとし)める罠か。
誰かに呪われている。

恨みを買うようなことは
何もしていない。
なお且(か)つ己の心身の都合なら
己が一番分かっている。

やっぱりおかしい。

愛するのは、自分だけ。

目で視て
耳で聴いて
鼻で嗅いで
指で触れて、

そして舌で味わった
私の体験こそが、

何にも代え難く尊いのである。

引用:椎名林檎「鶏と蛇と豚」MVより



椎名林檎の「鶏と蛇と豚」の歌詞考察

まず椎名林檎の「鶏と蛇と豚」
歌詞の考察に入る前に
曲のタイトルにしている「鶏と蛇と豚」
の意味について解説していきます。

椎名林檎の「鶏と蛇と豚」の意味とは?

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のモチーフ画像
画像出典:Redtigerxyz https://en.wiki
pedia.org/wiki/File:Bhavacakra_Thikse.jpg

こちらは三毒と呼ばれていて、仏教において
克服すべきと言われている根本的な3つの煩悩のことです。
「貪(とん)・瞋(しん)・癡(ち)」と言われています。
私達の生活の中で最も不幸、痛み、そして苦しみを
引き起こすと言われている
人間が持つ様々な感情のことです。

歌詞の内容について迫る前に、
三毒の意味を解説します。

ビビ

歌詞の意味だけ知りたい人は
この項目飛ばしてください。

貪(とん)の意味

貪欲(とんよく)とも言い、
「際限なく欲する心」の事を言います。
何かを手に入れよう、手に入れようと
自分の外側ばかりに求め続けていると、
いつまで経っても心は満たされず、
手に入れるまで安心できません。

そして、例え手に入れたとしても
またその「際限の無い欲望」がある故に
たちまち心が乾ききって、
今ある有り難いものに気付けずに、
自分と他人を比べて落ち込んだり、
苦しくなったりします。

瞋(しん)の意味

瞋恚(しんに)とも言い、
「怒りや憎しみ、嫌悪、恨みの心」の事を言います。
なのでここで言う「怒り」は純粋な怒りではなく、
「負の感情と結びついた怒り」の事を指します。
あいつが悪い、あいつの事が憎い。
そうやって悪意のある感情を持つと
自らを見つめ直す事もせずに、
外側へ感情をぶつけ続けてしまい、
本質を見失います。また他人へぶつけた怒りが
自らに返ってきてしまいます。

他にも例えば
子供に怒るときは、自分勝手な「怒り」に該当しますが、
子供を叱るときは、相手の事を思っての「怒り」です。

この違いは繊細なもので、多くの人が
この瞋(しん)の状態に陥っている事にすら
無自覚になっています。

他の例えで言うと、

小さな八百屋さんが近くにできた
大型スーパーを恨んでいました。
日々怒りを溜め込んでいたけれど、
フタを開ければこの八百屋さん。

長年宣伝広告を一切していませんでした。
大型スーパーよりも上回るメリットを
一切提示しないのに、

怒ってばかりにエネルギーを使い、
商売については放置プレイ。
これでは、お客さんなんて来るはずありません。

こういう状態も「瞋(しん)」の
状態と言えます。

この概念は、次に紹介する「癡(ち)」の
概念とも密接に関係しています。

癡(ち)の意味

愚癡(ぐち)とも言い、
真理に対する無知の心や「妄想」などを指します。
グチ=悪口と解釈する人も居ますが、
それは誤りでこの言葉の意味としては、
視野が狭いゆえに固定観念や色眼鏡で
物事を歪んだ状態で見る
ことを指します。

人間の「愚かさ」を表す概念。

一言で分かりやすく言えば、
クソリプと呼ばれるツイートなどは
これに該当します。

大体が見当違いで的外れなのにも
関わらず自分の中の心が歪んでいたり、
妄想で物事を見ているので

迷惑をかけている事にも
気付け無い状態です。

例えば、「男は涙を見せてはならない」
「女はこうするべき」みたいな考えも
真実ではありませんよね。

そういう固定観念にとらわれている
状態と見ていいです。

どういう状態なのか?
もっと分かりやすい判定をすると、
この窪塚さんの動画
ネットのどこかの人が
「内容が意味分からなさ過ぎるw」
と言ってめちゃめちゃ笑ってたりしてましたが

これの意味が分かる多くの人は癡(ち)の状態から
抜け出ている可能性が高いです。

最後のピースの意味まで普通に分かる。
という人はとても貴重だと思います。
最後まで分かるかどうかを
判定材料にしてみてください。

はっ??!何それw

と思った人は確実に「癡(ち)」の状態です。

あん?何言ってんだ?
この野郎!!

と怒りと共に思った人は、
「瞋(しん)と癡(ち)」の状態に
ダブルで当てはまってるかもしれません。

その道何十年かのお坊さんとかに
聞いてみるとある程度、確信を持った感じで
みな同じような回答をするはずです。
試してみると面白いかもしれません。

この記事で答えると面白くないので、

各自自分なりの意味を見つけてみてください。

椎名林檎の「鶏と蛇と豚」歌詞解説

実はこちらの歌詞ですが、
前半部分と後半部分で
「生き方への問いかけ」部分と
「生き方の道しるべ」部分に分かれています。

▼こんな感じです

椎名林檎の曲「鶏と蛇と豚」の歌詞についての意味考察画像
歌詞出典:椎名林檎「鶏と蛇と豚」MVより

画像内ではゴロが良かったので、
生き方の答えと書きましたが、
「生き方のヒント」や「生き方の道しるべ」
という内容に変換して見てみてください。

前半の生き方の疑問部分は、
そのまんま前項で解説した
「三毒」の状態です。

三毒状態のまま日常生活を送っている
人の心境を語っています。

つまり「毎日生きていてしんどい」
と思っている現代人の苦しみを
そのまんま椎名林檎さんが代弁している状況です。

説教臭い言い方でもなく、
椎名林檎さんが三毒の状態に陥っている
苦しみを自らの言葉で語ることで、

聴いた人の心にスッと入るような構成です。

後半オレンジの「生き方の道しるべ」を示す部分。
前半部分の内容は三毒。つまり、

際限のない欲望にまみれて、他人を嫌悪し、
怒りや憎しみを持ち、盲目的に生きている。

そのような状態を示していました。
そんな中後半では

「私の体験こそが、何にも代え難く尊いのである」

と締めくくっています。

「私の体験」というのは、誰も真似ができない
自分だけの個性を発揮する体験という事です。

自分と他人を比べて苦しみを感じている
現代人に対して

「別に他人と比べる必要なんてないし、
あなた自身の体験そのものこそが
そのまま全て尊いのだから、周りの意見は気にせずに、
あなたはあなた自身を100%発揮できるような
行動を取って欲しい」

という内容のメッセージになります。
実際には「行動を取って欲しい」と投げかける
内容というよりも、「そのような行動はとても尊いんだよ」
というような感じで、押し付けがましくなく、
「椎名林檎さんからメッセージを与えられる」
というよりも「椎名林檎さんの口から椎名林檎さんの
出来事として語る」事で、
「自発的に気付いて頂けたらとても嬉しい」

というニュアンスを最後まで保っています。
隙のない優しさは椎名林檎さんならでは。
という感じですね。

椎名林檎さんはこの曲に込めている
メッセージのようなものを
過去に映像で語った事がありました。

椎名林檎とトータス松本「目抜き通り」の
スペシャルインタビューの映像の中で
取材班から「目抜き通り」の歌詞

「生きている間ずっと愛し
愛され歩いて行こうよ銀座は、春」

「最期の日から数えてみて
ほらご覧 飛び出しておいで 目抜き通りへ」

という歌詞の意味について尋ねられて
こう答えています。

今どきほら、こう言ったらこう思われるかな?
こんな事したら炎上しちゃうかな?とか
そういう発想が前に来ているのが
やっぱ本末転倒すぎると思うし、
そんな事をしているうちにご自身の
欲求が分からなくなっているのではないか。
と心配している方もいますよね。
よく匿名でコメントされている方とか
見ていますけど、なんかそう言う心配が
一番今私の中で、一番の関心事だという事にも
結びついて、やっぱり「誰も知らない!」
って思ったらいいんじゃないの?っと言う。

知ったこっちゃ無い人同士が何言っても
別にいちいち落ち込む事もないし、
気にして先回りして行動する事もないし、
今までいっぱい書いてますけど、
私そういう事。頑張ってみんながどうしたら
明るくなるかなとか?とか、
楽しくなってくれるかなとか?思ってますけど。

今回はそれをもっとハッキリした言葉で
言えないかなと思って。

限りある命をどう使おうが、
自分の責任だし、誰にも何も言わせなくても
いいんじゃないのかなって。

椎名林檎さんのメッセージは、
いつも「今をしっかりと生きてください」
「限りある命に目を向けて今に生きてください」
というような、ズシリと真っ直ぐに突き刺さるような
そんなメッセージをずっと発信しています。

ありあまる富、閃光少女などもそうですよね。

ずっと同じ方向性で形を変えて
あの手この手で私達にメッセージを
伝えようとしています。

年々ストレートに伝えるように
なってきていると感じますが、
今回も短い曲でありながらも
しっかりと図太いメッセージが
込められています。


椎名林檎の「鶏と蛇と豚」のMV考察

椎名林檎の「鶏と蛇と豚」のMVについて考察していきます。
まずは「神様、仏様」というMVが続編では?
という話しが多いので、時間軸について話していきます。

今回、監督を手がけたのが児玉裕一さんは
このMVについて以下の様にコメントしています。

ふたりの虚無僧が東京タワーで女と出会った夜。
女が行き場のない気持ちを抱きながら六本木を歩いた夜。
ある男女が銀座で待ち合わせた夜。
男が不思議なトンネルに迷い込んだ夜。
そんな夜の、ほんのちょっと前に東京で
起こった出来事を映像にしました。
マジ卍。

椎名林檎さんの「神様、仏様」というMVの
エンディングに出てきた東京タワーと全く同じ
絵面で「鶏と蛇と豚」のMVがスタートするので、
一見続編だと思われがちですが、

今回の新作MVを監督自ら

「ふたりの虚無僧が東京タワーで女と出会った夜の
〜中略〜

ほんのちょっと前に東京で起きた出来事」

と語っているように、
「鶏と蛇と豚」→「神様、仏様」
の順番に物語が展開していきます。

▼「鶏と蛇と豚」の後編である「神様、仏様」MV

流れだけで見たらどう見ても
「神様、仏様」→「鶏と蛇と豚」だし、
この順番に違和感ありますが
監督が言っているので間違いないでしょう。

神様、仏様の曲の意味について

それでは、今回の新作にも関係してくる
「神様、仏様」という曲はどのような内容なのでしょうか?

「神様、仏様」の曲は欲深い人の心を描いたものです。
椎名林檎さんは「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」
ライブツアーのコメンタリー映像にて
百鬼夜行タイトルの意味を聞かれた時に
「神様、仏様の曲」についても触れていました。
以下のように話しています

実際には命が通っている我々ですが、
この我々人間こそが、うーん……。
「もののけ」なんじゃないか
と思える瞬間がありますよね。
己の事が一番恐いと思える事もありますし、
うーん。まぁ、その恐い瞬間が一番、
生々しく「生」を感じる。

自分の中の命を実感する時だったりして
矛盾をはらんでいる訳ですが、
そのあたりを一番描き出したかったのが
2015年という年だったんです。〜中略〜
「長く短い祭り」、「神様、仏様」では
一番炙り出したかった我々人間様の本性。
一番悲しくて鮮やかなところ、
ライブの方で生身で
表現したかったんだと思います。

そんな人間の本性を描く
「神様、仏様」という事もあり、
今回の三毒要素が込められた
「鶏と蛇と豚」は曲に込められた
方向性も似たような内容になっています。

「鶏と蛇と豚」のMV内に映る別の動画シーン

監督さんは「鶏と蛇と豚」MVの中に
椎名林檎の過去MV作品を様々な形で
入れ込んでいます。

「神様、仏様」の東京タワー:0:00秒

「神様、仏様」の東京タワー:0:00秒の画像

先ほども書いた様に
「神様、仏様」のエンディングに映る
東京タワーが「鶏と蛇と豚」の
オープニングにそのままの
形で出てきます。

「目抜き通り」の銀座時計台:1:11秒

「目抜き通り」の銀座時計台:1:11秒の画像その1

1分11秒のシーンで、目抜き通りのMVで
出てきた時計が出てきます。

▼こちらが「目抜き通り」MV内の銀座時計台

「目抜き通り」の銀座時計台:1:11秒の画像その2

時計の時間ですが「鶏と蛇と豚」
の時計の針はぐるぐると回転し続けているので、
時間の違いについて何かしらの
意図がある訳ではありません。

「長く短い祭り」のダンスフロア:2:57秒

「長く短い祭り」のダンスフロア:2:57秒の画像

「鶏と蛇と豚」の2分57秒にて
「長く短い祭り」のダンスフロアシーンが
登場します。

「GINZA SIX」の男?:2:57秒

椎名林檎「鶏と蛇と豚」に映るGINZASIXの1シーン画像

こちらだけが不明ですが、GINZASIXの
トータス松本か?と思いましたが、
衣装が違いますし、長く短い祭りの
浮雲さんとも衣装が違いますし、
むしろ、この男性宙にプカプカ
浮いちゃってるし

これに関しては不明でした。
分かる方コメントで教えてください!

「獣ゆく細道」のミヤジ:2:57.5秒

椎名林檎「鶏と蛇と豚」に映る獣ゆく細道の1シーン画像

「鶏と蛇と豚」の2分57秒に一瞬だけ
獣ゆく細道のミヤジのカットが登場します。

「神様、仏様」椎名林檎の後ろ姿:2:57.5秒

椎名林檎「鶏と蛇と豚」に映る神様、仏様の1シーン画像
上記6枚の画像出典:「鶏と蛇と豚」MVより

「鶏と蛇と豚」の2分57秒に一瞬だけ
「神様、仏様」の椎名林檎
後ろ姿カットが登場します。

過去シーンが次々登場する意味について

過去シーンが登場する意味については、
監督のコメント通り

ふたりの虚無僧が東京タワーで女と出会った夜。
女が行き場のない気持ちを抱きながら六本木を歩いた夜。
ある男女が銀座で待ち合わせた夜。
男が不思議なトンネルに迷い込んだ夜。

と自ら語っているように、
男女の欲望が色濃く表現された歌
関するシーンを抽出して、
三毒の要素に当てはめようとする
意図だと考えられます。

「鶏と蛇と豚」自体が三毒の要素を
強く表現した歌であり、MVもこの表現に
徹底的に合わせています。

「鶏と蛇と豚」のMVのストーリーの意味

ではこれまでの内容を踏まえて
このMVはどのようなストーリーなのでしょうか?
画像と共に振り返ってみます。

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「召喚するシーン」の画像

まずお坊さんが「三毒の要素」である
「貪(とん)・瞋(しん)・癡(ち)」に値する
魔物を召喚します。

画像を見たら魔法陣が書いてありますね。

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「召喚されるシーン」画像その1

ブタさんが召喚されました。
「貪(とん)・瞋(しん)・癡(ち)」の中では、
「癡(ち)」の「愚かな者」という概念です。

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「召喚されるシーン」画像その2

蛇さんも召喚されました。
怒りの概念です。

その他、鶏も召喚されます。
その後、召喚された魔物が行進します。

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「蛇の戦車」の画像

こちらヘビですが、
戦車の上に乗っています。

蛇の戦車の拡大画像

拡大すると「GO TO HELL」(地獄へ落ちろ)
と書いてあります。

時間軸的に、このMVの少し後に
「神様、仏様」で人間の本性を擬人化した
妖怪達が出てきます。

ここでタイトルを振り返ってみましょう。

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「gate-of-living」のタイトル画像

GATE OF LIVING。

と書いてあります。

「この世の門」

という意味です。
※直訳では「生活の門」とする場合もありますが、
どちらの意味で解釈してもストーリーの意図は変わりません。

つまり、このMVのストーリーの意味は、

この世に生まれた限り、
欲望、怒り、無知盲目。
その己の感情と戦い続ける事になる。

そういう意味合いになります。
なので、今回の新作MVに出てくる魔物は、
三毒の擬人化ですよね。

つまり「神様、仏様」に出てくる妖怪達と
妖怪大戦争をする事になります。
欲望と欲望のぶつかり合いです。
椎名林檎がナイトの格好をしているのは
そういう戦争や戦いを意図した表現です。

最後に、大きな目玉のアップと鐘の音で
動画が終わりますが、

椎名林檎「鶏と蛇と豚」のMVストーリー意味解説「最後の大きな目玉」の画像
上記7枚の画像出典:「鶏と蛇と豚」MVより

ちょうど、目玉の上に「三毒の模様」が
重なって鐘が鳴り、消滅するような演出が入ります。

人間の内側にある
欲深さ、怒り、無知盲目などは
しっかりと見つめる事で消滅する。

というメッセージです。
結局、心は常に内側にあるので
外側の誰かと戦争しても意味ないんですよね。
けど、人間としてこの世に生まれたからには、
この世の門を開いた限りは、

そういった戦いの中に在る事になる。

そのような人間の愚かでいながらも
尊い人生について歌った意味が込められています。

また、アルバムは
「Gate of living(鶏と蛇と豚)」の1曲からはじまり、
「あの世の門」という曲で終わります。

こうなったら、アルバムに入っている
「あの世の門」が椎名林檎によって
どのような曲になったのか?

とても気になりますよね。

「獣ゆく細道」と「目抜き通り」や
「どん底まで」と「至上の人生」など

曲のタイトルなども対極になるように
あえて計算していたりするので、

様々な工夫が凝らされていて
とても楽しいです。もしかしたら、
その他にも様々な要素があるのかもしれません。

▼初回限定盤です

管楽器や合唱などの編成も
自ら書いているらしいです。

ビビ

すごすぎる


「鶏と蛇と豚」MVと歌詞考察のあとがき

という事で、記事を書き上げるまでに
結構時間かかってしまいました。

てっきり、「神様、仏様」の続編が
今作だと思っていました。監督も同じ人物です。

なので、続編の場合のシナリオと
続編じゃない場合のシナリオ、
2回分考察しています笑。

本編で載せられなかった小ネタをこちらで
少し紹介します。

冒頭の東京タワー付近にある煙は?

冒頭の東京タワーにある煙についての画像

時間軸的にこの映像の後に「神様、仏様」の
MVがはじまります。「この世の門」を開いた事で
(召喚した事で)魔物や妖怪達が次々と現れる
様子を描いています。

「鶏と蛇と豚」のロウソクが「神様、仏様」と一致。

「鶏と蛇と豚」のロウソクが「神様、仏様」のロウソクと一致している画像

「神様、仏様」のMVの1分57秒にて、
「鶏と蛇と豚」のMVの11秒に出てきた
ロウソクが完全に一致しています。

探してみると面白いかもです。

その他

他にも、鶏が行進する時の
近くの建物に「Gate of living」と書いてある
ところがありますが、こちらは考察に影響なし
なので、省きました。

ビビ

という事で、色々書きましたが
あくまでも一つの視点としてこの記事の考察を
楽しんで頂けたら嬉しいです!

ビビ

それじゃあ素敵な椎名林檎ライフを!



5 Comments

Az

「GINZA SIX」の男?:2:57秒
とありましたが、これも「目抜き通り」のトータス松本さんです。
MV開始10秒ほどで映っていました。

返信する
ビビ

>>匿名さんコメントありがとうございます!

海外の情報でも国内の情報でも、
国内の学者や研究者が発表している記述、
国内の仏教関係の講話などでも

貪=鶏
瞋=蛇
癡=豚

と書かれていますが、あなたの意見はどこから来ているのでしょうか?
貪はハトととして描かれる事もあり、(鶏でも間違いはない)
ハトや鶏が餌を貪る姿を見てその様に付けられたと思われます。
貪瞋癡の癡はイノシシで代用される場合もあり、(豚でも間違いはない)
無鉄砲に突っ込んでいく無知さの表現だと思います。

とても偉い匿名さんなら豚=貪、鶏=瞋になる根拠を
知っているはずなので、無知な私に教えてほしいです。
よろしくお願いいたします。

返信する
匿名

G.I.グルジェフの書籍を是非読んでみてください。

ところで、椎名林檎のいう「覚醒」は変なスピリチュアル的なものではないです。
「自然を教えて」と歌ってる通り、文明ではなく超自然に目覚めてという意味でしょう。

超自然とは何かと言うと、自然を知り、自然と調和し、自然をコントロールできる能力だと思います。
そして、自然に調和した私達には「言葉」が必要無くなるでしょう。
彼女の歌詞にもありますよね?

彼女がヒットラー敬礼したり、日本共産党のメガホンを使って歌ったりするのも意味があるんですよ。
じっくり考えてみて下さい。

返信する
匿名

MVの映像や歌詞から私が感じたものがこちらの考察と随分違ったので書き込んでみました。
・新宿の目のライトが消える演出=目がくもり見えなくなっていく様子
・三毒を召還したのは椎名さん扮する堕天使?(羽がある姿から)
・それをお坊さんが防ごうとするも力及ばず朽ち果て・・・
・遂に三毒の召喚はなされ、歌詞の後半にある「間違った考え」に支配され真理を見失う(盲目)
・これが全て(各MVの出来事) の始まり、元凶

人の業というか、生きる事、生の苦しみ?=「gete of living」タイトル通りですね。
後半の歌詞が間違った考えに囚われた状態としたのは、MVに流れる般若心経の中の「※無眼耳鼻舌身意~無限界乃至無意識界~」あたりの教えとまさに真逆を歌詞にされているところからです。

※般若心経の解説サイトのお言葉をお借りすると、「(この世のすべてが空だから)眼・耳・鼻・舌・体・心はない。またそれらで感じる、色(いろ)・声や音・香り・味・触感・心で感じるものもない」

いずれにせよ如何にも椎名さんらしい最高に素晴らしいMVですね!
もうカッコよすぎてMV中のお坊さんの如く鼻血出そうな勢いでリピートしてますw

返信する

Az にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。