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又吉直樹の映画「劇場」のネタバレ考察感想。この映画を観て寝不足になった。

映画「劇場」のネタバレ感想考察まとめ記事のアイキャッチ画像

この日、
又吉直樹の映画「劇場」を観て
寝不足になった。

映画を観た後、
早朝までSNSを見ながら
若き日のライバルの姿を
目で追っていたからだ。

写真に楽しそうにうつっている姿。
正直、ムカついた。
こいつに負けたくないと思った。

そして、その気持ちは学生時代に
クリエイティブ部門の受賞目指して
奮闘していた頃の気持ちと
全く同じだった。

心の中で無造作に投げ捨てられていた
重苦しい鉛の上に積もった砂埃を
丁寧に拭って机の上に置いて眺めた。

それはきっと、
映画の主人公「永田くん」と
同じ気持ちだった。

映画の中身自体は★星5つ中、
★星2つと言った感想だったし、
脳内お花畑の女子大生と
モラハラクズ野郎が出てきて、
終始イライラする所も多かったが、

映画の中身ではなく、
鑑賞後の余韻だけで判断したら
人を行動させる力のある
★5つの映画だった。

元クリエイターの考察オタクとして
色々と考察できるポイントがあったが、
誰も触れていなかったので、
以下のポイントを書いていく。

  • 裏テーマ「本当に愚かだったのは誰なのか?」
  • 劇中劇から分かる本当のテーマ

まだ映画を観ていない人は、
1つだけお伝えしておく。

元クリエイターや現役クリエイター。
アーティストや創作活動全般で
メシを食べていこうと
思った事のない人にはオススメしない。

けれど、何かしらの創作活動をした
経験のある人はきっと
共感する部分があるだろう。

ネタバレがある所はしっかり、
ここからネタバレがありますよと
書くのでまだ観てない人も
もう少し「あらすじ」の所まで
読み進めて欲しい。

又吉直樹の映画「劇場」あらすじ

一言であらすじを説明すると、

東京での成功を夢見て高校の同級生と
劇団「おろか」を立ち上げた永田(山崎賢人)。
ある日、女優を目指していた沙希(松岡茉優)と
街で偶然出会う事になる。
理想と現実の間で葛藤する永田を支えながら
バカみたいに不器用に生きる
恋愛ストーリー。

という感じでしょうか。

もし、まだ観てない人は
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みたいなのが付いてきます。

そして映画「劇場」を観た後に
またこの記事に戻ってきてください。
きっと発見があります。

次の部分に考察を書いてしまうと、
今ここまで読んで来たまだ映画を観ていない人の目に
チラチラと考察の文字が目に入ってしまうと思うので、
次は感想にします。

ネタバレ注意報

次の項目から
ネタバレがあります!

まだ観てない人は
お気をつけ下さい

ビビ

ちなみに、Amazonプライムビデオは
一定期間が過ぎると商品の入れ替えをしたりするので
2020年9月28日時点では映画「劇場」が観られるけど、
たまに観られなくなったりするから、
まだの人は今のうちに観ておいた方がいいです。
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又吉直樹の映画「劇場」を観た感想

正直、感想の部分は最初で
ほとんど説明してしまったのですが、

映画そのものの中身は冒頭で
書いた通り、★星2つという感じで
モラハラクズ野郎に
終始イライラしていました笑

ただとても上手いなと思ったのが、
賛否両論ある永くん(山崎賢人)の
心の声として語られる独白部分。

沙希は次第に◯◯になっていった。

という感じで徐々に過去形での
語り口調になっていくので、
永くんのどちらに転ぶか分からない、
危うい性格も相まって、

沙希が病気になってしまい、
永くんの大切な人を失った後に
その大事さに気付くシナリオ

永くんが沙希にDVしまくった結果、
命を奪ってしまうシナリオ

沙希が交通事故に遭ってしまい、
その悲しみから沙希が残したものを
しっかり受け入れて感情の込められた
劇を成功させるシナリオ

などなど、

色んな未来を想像できる余地が
残されていて、
この先どうなるの??!!

という気持ちにさせてくれたのは
上手いと思います。

少なくとも割と単調なストーリーの中に
いい感じのスパイスとして
独白が入れられていたので、

この独白自体は「セリフが棒読み」
「学芸会かよ」みたいなコメントで
多少批判されていましたが、正直、

原作を読んでいない人からすれば
この独白が無ければかなり単調で
キツい展開だなと思いました。

ビビ

ナイス独白

映画「劇場」で本当の愚か者は誰なのか

本題に入ります。

この映画で本当の愚か者は誰だったのか?
それはズバリ沙希ちゃんです。

うわっ!女性嫌悪だ!女性叩きだ!
とかではなくてですね。
そこにはちゃんと映画における
大切なメッセージが込められています。

沙希ちゃんはこの映画の中で
終始徹底して自分の人生(物語)を
生きていない役割が与えられています。

対して永くんの方は、

徹底して自分の人生(役割)を
生きる
役割が与えられています。

それぞれにどの様な物語を生きていたのか?
改めて沙希ちゃんと永くんの人生を
少し振り返ってみましょう。

沙希ちゃんの人生

沙希ちゃんは女優を目指して
青森から上京したと、映画冒頭
ナンパ後のカフェにて語られています。

女優を目指しているのにも関わらず、
「永くんが不快になる」という理由だけで
学生時代から27歳になるまで約7〜8年ほど
ろくに演劇も観に行けずに我慢する生活を送り、
途中で学校に行くのは止めてバイト尽くしの生活、
挙げ句は永くんに

「光熱費だけ支払ってほしい」

とお願いしたら

「でも、ここ沙希ちゃんの家やし……」

と言って断られています。
沙希ちゃんは自身の「女優になる」という夢を捨て、
社会の結婚という空気に流され、
焦りや不安を持ちながら
永くんとの結婚を夢見てただひたすらに
自分を押し殺して生きていきます。

永くんの人生

対して永くんの人生は、
同じく東京で演劇を成功させる。
という夢を見て劇団「愚か」を立ち上げ、
仲間たちに自身の劇を馬鹿にされても、

「一般論なんか知らないよ」

と決して社会の空気に流されずに、
受け入れずに自分の表現を貫いた。
私生活においては家賃も一切払わずに
沙希ちゃんの家に転がり込んでいるのに
たまに日雇いのバイトで稼いだ金で
レストランに行きカレーを食べる。
我慢しようとも思わずに自分のやりたい事を
貫く姿勢で生きています。

我慢して自分を押し殺して
生きる沙希ちゃん。


我慢せず自分の好きな様に
生きる永くん。

客観視せずに社会に流されている
沙希ちゃん。


主観のまま社会に流されない様に
生きる永くん。

普通であれば沙希ちゃんの立場になれば
一度立ち止まって二人の関係や
今後の事を考えるでしょう。
かなり永くんに依存していると言えます。

永くんの方はというと、
イカれていると思えるぐらいの
不器用さがとても目立ちます。

我慢して生きる沙希ちゃん。
我慢せずに生きる永くん。

この二人の性質をあえて振り切って
強めたキャラクターを作る事で、
視聴者の心の奥底に潜んでいたであろう
同じ様な気持ちや体験を思い起こさせる様に
工夫されています。

沙希ちゃんと永くんの正反対の性質は
劇中で絶賛されていた「まだ死んでないよ」
という劇の中でもハッキリと表現されています。
とても秀逸だなと思ったので
セリフを引用して書いてみます。

劇中劇の引用後、
改めて沙希ちゃんがなぜ愚かであったのか?
というテーマに戻します。

「まだ死んでないよ」の物語から分かるメッセージ

映画の中で「まだ死んでないよ」という劇は
評論家達からも注目され、とても人気の劇でした。
この映画全体のメッセージとも繋がっており、
よく観てみるとかなり秀逸な内容になっています。

「まだ死んでないよ」の劇がどの様な内容だったのか
書き出してみます。

▼以下のシーンからはじまります。

又吉直樹の映画「劇場」の感想。まだ死んでないよのシーンその1
画像出典:又吉直樹の映画「劇場」より

右の白シャツ男は声を荒げながら言います。

「受け取るしかねぇだろ!時給を!
受けろ、受けろ受けろぉ!!
この金が、この金が安い価値だよお前の。
世の中が下したお前の価〜〜値!
分かった?だから受け取れ。それでも受け取るんだよぉ!!

そして、左の男は震えながら包丁を手放し、
封筒を受け取ります。

勢いよく封筒を掴む、

その瞬間
後ろから光が注がれ、
爽やかなBGMが流れます

又吉直樹の映画「劇場」の感想。まだ死んでないよのシーンその2
画像出典:又吉直樹の映画「劇場」より

左の男は顔を歪めながら叫びます。

「価値なき客と意味なき勝利、
意味なき商品、価値なき客。
そこはそこ、そこ、
そしてそこ!
そこにかしこにあり過ぎる絶望!!
いらっしゃいませ!!!

立っているだけの脳みそ、
立っているだけの鼓動。
意味なきカフェイン。
意味なき揚げ物、価値なきカフェイン、

スプーンはお付けしますか。
袋はお分けしますか。

ポイントカードはお持ちですかぁ!!!
もつれるレシート、もつれる俺!!

夜、朝、昼、そして夜。
ありがとうございましたぁー!!
また、お待ちしております」

ここで劇は終わります。

これ、どういう意味か
分かりますよね。

そうです。右の男が執拗に
「お前の価値を受け取れ」と言ってるのは

この社会の空気に流されて
生きていけ
(社会に併合されろ)

って事なんですよね。

そして、左の包丁を持っていた男は
恐らく何かを成し遂げたい夢がある。
自分らしく生きていたい。
だから、諦めたくはない。
そんな心を失った状態で生きていたくない。
けど、とうとう「社会」に呑まれてしまう。

それがこの封筒を受け取るシーンです。

なので、

左側の男が顔を歪めて叫び、連呼しているモノは、
社会の象徴としてのアイコンです。

社会らしい表現の一部として
「いらっしゃいませ」だったり、
「ポイントカードはお持ちですか」
という機械的なセリフが連呼されています。
そして、それらをこの左の男は

「立っているだけの脳みそ」
「そこかしこにある絶望」
「意味なきカフェイン」
「意味なき揚げ物」

という形で表現しています。
つまり、

自分の物語を生きずして
血が通うはずないだろ。

そんなの生きている
意味なんか無いじゃないか。
そんなの絶望だ。
そんな社会に呑まれるな。
社会人、社会、一般、普通。
そんなのに流されるな。
お前らしい表現をして生きていけ

というメッセージなんです。

だからタイトルが
「まだ死んでないよ」になる。
この劇の主人公は右の男から
「社会からの評価」を受け取ってしまい、
社会や世の中に流される事を決めたけども、
けど決して諦めてはいない。
俺は絶対にやってやるぞ。
自分の表現で生きていってやる。

その様な決意が込められている。

なので、永くんは共感して泣くんです。
まさに永くんはそれをずっと体現して
生きているのだから。

そして、この劇が秀逸なのはその表現もさる事ながら
実際にみんな同じ様な経験ありますよね。
特にクリエイターの皆さん。どうですか?
必ずあるでしょう。

俺(私)はデザインで食っていきたい。
俺(私)は演劇で食っていきたい。
俺(私)は音楽で食っていきたい。
俺(私)は絵で食っていきたい。

そういった夢を抱えながらも、
アルバイトをして生活をしていた人なら
この劇の意味が分かるはずです。

バイトをして社会に溶け込んでいる時、
死んだように生きている。
けど、自分の好きな事をやった時、
絵を描いた時、歌をうたった時、
途端にじわじわと血が通うように
明るい表情になっていく。

その様な、いわばクリエイターあるあるみたいな
心境をまさに表現者の若者が多く集まる
高円寺や下北という場所をメインにして
展開されているという点が
クリエイターや表現者にとっての
共感ポイントとなっており、

少なくとも、このライバルの劇団
「まだ死んでないよ」という劇に対して
大きく嫉妬する永くんの普通ではない動きも
クリエイターや表現者である視聴者が見れば、

学生時代にライバルに向かってイライラした時
などの気持ちを思い起こさせる
トリガーになっている事でしょう。

その辺がとても秀逸だと感じます。
私自身が映画のストーリーは★2つだけど、
その後の余韻は★5つと評したのは
その様な理由です。

さて話を戻して、沙希ちゃんは
なぜ愚か者だったのか?
を改めて解説します。

映画「劇場」の重要なシーン(台本の読み上げ)

映画の重要なシーンとして、
最後二人での台本読み上げシーンがあります。

このシーンのやり取りを書いてみます。

沙希「なんでずっとふざけてるの?何か言う事ないの?」
永くん「ふざけてるつもりはないよ」
沙希「ふざけているよ。いつもヘラヘラ笑ってさ」
永くん「そういう顔なんだよ。」
沙希「ふざけているよ。真面目に話してよ。
私はこの家を出るんだよ」

永くん「じゃあ俺は1人だ」
沙希「ふっ自業自得でしょ」
永くん「それにしても君には本当に迷惑をかけた」
沙希「ん?永くんそんなの書いてないよ」
永くん「迷惑ばっかりかけた」
沙希「どこだぁ〜そんなセリフないぞ」
永くん「夜のしごとも本当はさせたくなかった。俺の収入が安定していればなぁ
才能の問題か」

沙希「今セリフ考えてるの?
あなたとなんか一緒に居られないよ」

永くん「なんで?」
沙希「居られる訳ないよ。昔は貧乏でも好きだったけど
いつまで経っても何にも変わらないじゃん。でもね。
変わったらもっと嫌だよ。だから仕方ないよ。
本当は、永くん何にも悪くないんだもん。
何も変わってないんだからさ。勝手に歳をとって
焦って変わったのは私の方だから。だから、
どんどん自分が嫌いになっていく。
ダメだよね。私ね。東京に来てすぐ。これは全然かなわないな。
何にも出来てないなと思ってたから。
永くんと会えて本当に嬉しかった」

永くん「記憶おかしくなった?それ俺の方だよ」

沙希「違うよ。私はずっと諦めるきっかけを
探してたんだよ。
何も悪い事してないのに、
ずっと変な罪悪感みたいなものがあったからさ。
永くんのおかげで惨めな気持ちじゃなくて、
東京を楽しい気持ちで歩けたんだよ。
永くんが居なかったらもっと早く帰ってた。絶対。
だから、ありがとう。

永くんの番ですよ」

永くん「演劇が出来る事ってなんだろう?って最近ずっと考えてた。
そしたらさ、全部だったよ。
演劇で出来る事は現実でもできる。
だから、演劇がある限り、絶望する事はないんだって。
分かる?」

沙希「分かるよ」

永くん「だから、今から俺が言う事は、ある意味本当の事だし、
全部できるかもしれない事ね。
沙希ちゃんは実家に帰る。そこで働きながら元気になる。
で、俺は演劇を続けて飛躍的な成長を遂げて、
馬鹿みたいな言葉だけど、認められるかもしれない。
いっぱいお金が稼げるかもしれない。その時には
沙希ちゃんも元気になっているから
いっぱい美味しいものを食べる事もできる〜〜」

なぜここまで正反対の二人を
対比させたのか?と言えば、
上のセリフの中にヒントがあります。

沙希「昔は貧乏でも好きだったけど
いつまで経っても何にも変わらないじゃん。〜中略〜
何も変わってないんだからさ。勝手に歳をとって
焦って変わったのは私の方だから。だから、
どんどん自分が嫌いになっていく。」

沙希「違うよ。私はずっと諦めるきっかけを
探してたんだよ。
何も悪い事してないのに、
ずっと変な罪悪感みたいなものがあったからさ。」

いつまでも変わらない様に思えた永くんは、
実は色んな変化がありました。
経済面では何も変わらないものの、
心の部分で終盤に近づくにつれて
次第に感情を表に出す様になり、
自分に素直に自分の心とのズレがない状態で
過ごしていきます。

この自転車のシーンは永くんの変化が分かる
とても印象的なシーンだったと思います。

又吉直樹の映画「劇場」の感想。自転車のシーン
画像出典:又吉直樹の映画「劇場」より

そうして現実的な外側の部分は、
永くんの心の内側の部分と連動して
変化していき、最終的には
「まだ死んでないよ」の劇を主宰(しゅさい)
していたKing Gnuの井口理演じる
小峰氏を役者に採用した形で

永くん自身の舞台を成功させます。

小峰氏が居る時点で
「まだ死んでないよ」という
これまで大成功していた舞台より、
さらにさらに成功した事が分かると思います。

自分の本音を貫き通した結果、
諦めずに自分を演じ続けた「人生の主人公」である
永くんは成功し、

自分の本音を押し殺し続けた結果、
夢を諦めて他人を演じ続けた
「人生の主人公」になれなかった
沙希ちゃんは何も掴めずに終わっています。

舞台が終わった後、何かしら永くんが
沙希ちゃんの存在に気付き、
最後に合流したり、何かしら接触したりする
シナリオにはならずに

劇の最後、客が一人も居なくなった観客席で
多少なりとも待っていた沙希ちゃんは
また劇場から抜け、社会の一員として
「まだ死んでないよ」で叫んでいたあの男性の様に
誰かの人生を生きるのでしょう。

自分の人生、自分に正直に本音で生きなよ。

その様なメッセージ性を持たせる為に
あえて対照的な二人を設定したんです。

自分を押し殺して
他人の人生を生きるのは

「愚か」だよと。

この映画で本当に愚かを演じているのは、
実は沙希ちゃんだったんです。

また沙希ちゃんが

沙希「違うよ。私はずっと諦めるきっかけを
探してたんだよ。
何も悪い事してないのに、
ずっと変な罪悪感みたいなものがあったからさ。」

と言う台詞もありますが、
これもクリエイターとしては
あるある的な感覚になります。

デザイン、コピー、広告、創作、アート、演劇、
クリエイティブな仕事をしようとしてる人達は
共通して感じた事のある感覚だと思います。

常に何か大きな結果を残さなきゃと
思ってる状態ですね。

こういった部分もメッセージとして繋がっています。

永くんはこのクリエイティブに生きようとする人の
心境として
「少しだけ春っぽい匂いがして吐きそうになった」
と語っています。

自分を押し殺して生きるのは愚かものだよ。
というメッセージにこういった細かい所も
全て繋がってきます。

またこのメッセージは劇中の至る所で
沙希ちゃん本人が語っています。

沙希ちゃんの「私賢いから」という台詞

沙希ちゃんは劇中で

「馬鹿じゃないよ賢いよ」

という台詞を
しきりに話します。

永くんが「沙希ちゃん馬鹿でしょ?」と言った
返答で話す言葉です。

一見すると、永くんは
ミソジニー(女性を見下し嫌悪する)
クソ男に見えます。
映画のメッセージ性を差し置いても
実際にモラハラミソジニー男である事には
変わりないのですが笑

注目すべき点はそこではなく、

この「賢いから」という台詞は、
永くんの「愚か」という劇団名と
対比させています。

また、先ほど書いた
「本当に愚かなのは沙希ちゃんだった」
というメッセージとも繋がっています。

映画序盤にて
永くんは友人の野原くんに
沙希ちゃんと一緒にクレープを
食べた事を話します。

ざっくり言うと、

沙希ちゃんと永くんがデート中、
沙希ちゃんのクレープを一口食べて返したら
いきなり沙希ちゃんが爆笑しはじめた。
最初は固いフルーツだと思っていたけど、
実はそれが永くんの差し歯だった。
「もう!このクレープ美味しいのに!」
と差し歯に対しては怒らなかった。

という話です。

映画では終始、沙希ちゃんが天然キャラで
本当は怒ってるのに笑ってる。
思潮と感情と反応が同時に出ちゃう。

という感じで語られていて
実際に天然キャラなのかなと思うも、
後半では明らかに作った様なキャラでは
無くなっているので

少なからず常に本音を押し殺して
生きていたのだなと分かります。

この「私賢いから」の繰り返しで
何が表現したかったのかと言えば、
自身を客観視出来ていないとダメだよという
視聴者への警告的な意味合いを持つ表現です。

沙希ちゃんが自分の物語を生きていたら
演劇で成功していたが、それらも自身を
客観視しないと気付けない。
そして、客観視出来ていないからこそ
永くんの呪縛から逃れられない。

自分を押し殺して自分を客観視せずに
自分の本音で生きずに生活していく
その沙希ちゃんを愚かだと言ってるのです。

永くんはどっちかと言えば、
ずっと主観でしか生きていませんが
本音で生きた事によって、最終的に
最後の舞台で

「こんな当たり前の事が
なんで出来なかったんだろうね」

と新しい視野で自分を見つめる事に
成功しています。

どんなビジネスでも主観と客観のバランスが
整う事が成功の鍵なので

主観で生き続けてバランスを獲得した永くんと
客観視できずに自分を生きず失敗した沙希ちゃん。

というこの状態を描ききる事によって
クリエイティブに生きようとしたり、
夢を追いかけてきた視聴者達に対して
四方八方あらゆる角度からメッセージを
投げかけている作品だと思います。

あとがき

こういった細かい部分での匠な演出や意図が
重なり合って

結果的に、

この映画を見て見事クリエイターとしての
当時の心境を思い起こさせられ、

寝不足になりました。

ライバルの姿を追いかけた学生時代、
悔しい思い出も含めて

なぜかこの映画で湧き上がる感情。
もどかしい余韻みたいなものが
纏わり付いて離れませんでした。

映画自体は★2つ。映画の余韻は★5つ。

というとても不思議な映画になり、
じわじわとスルメの様に染みました。

細かい事を言えば、わざわざ女性を見下したり、
冒頭の永くんの学生シーンでスカートを
覗こうとする描写があったり、

クリエイティブな仕事として、
すぐそういう描写に走るのはどうなの?と
思う気持ちは多少なりともありますが、

それらを抜きにして考えると
不思議な余韻の残る良い映画だなと思えました。

「まだ死んでないよ」の劇中劇。

あれもとても秀逸です。

今回、映画しか見ていませんが小説で読んだら
きっとあちこちに仕掛けられたメッセージ
というものがあるのでしょうね。

本当に「愚か」なのは
自分を生きずに他人の人生を生きている人だよ。
周りに流されずに自分を生きろ。
押し殺している人生だと沙希ちゃんの
様になってしまうぞ。

っと、そういうメッセージでした。

私たちも他人の物語を生きるのではなく、
自分の物語を生きていきましょう。

もう一度、観たくなった人は
こちらから観てみてね。

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みたいな特典が山ほど付いてきます。

ビビ

それではまた!

この記事の情報は2020年9月28日時点のものです
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